第17章 君だけを
ベッドの上で起き上がり、溢れる涙を両の手で押さえた。
髪の中に指を入れてクシャクシャして、今、自分が体験した夢の中の出来事を一旦、忘れてしまいたいと思った。
夢の中で、杏寿郎さんを亡くした過去の自分を見てしまった私は、
その当時の感情をも思い出してしまった。
私の前世の姿である愛子さんの慟哭。
思い出すだけで震えてくる。
愛する人を亡くす事が、あれ程に辛い事だとは考えもしなかった。
杏寿郎様を亡くした後に残された人達の思いや、悲しみも、嫌というほど見てしまった。
鬼狩りの柱として数百人の頂点に立ち、強く生きていた凛々しい杏寿郎様がいなくなるなんて……。
頭を掻き乱したくなる程、恐ろしい事だった。
ベッドから起き上がり、キッチンに行く。
杏寿郎さんが私にプレゼントしてくれた、吹きガラスのグラスをそっと手に取ってみた。
13センチ位の高さの、煉獄さんの手作りのグラス。
水で出来ているような、まろやかな手触りのグラスに冷水を注ぐ。
少しずつ飲むと、さっきまでいた大正の時代から、現実の自分に戻ってきているのを感じる。
「杏寿郎さん……」
小さく呟いて、現実の煉獄さんを思う。
煉獄さんは、明るくて優しくて、生徒に絶大な人気のある先生で、同僚にも愛されていて、鬼滅学園で毎日、活きいきと教鞭を取っている。
スポーツを愛し、歴史学を勉強して日々を快活に生きている人だ。
これが私の知っている今の煉獄さんだ。
過去世の辛い体験は、今の煉獄さんとは関係がない。
美味しいお水を飲んで、気分が落ち着いた私は、そんな風に考える事ができるようになっていた。
ただ、今までも大好きで愛していたけれど、さらに愛おしい。
今、目の前に煉獄さんがいたら、自分がどういう行動をするかわからない。
煉獄さんが生きているのを確かめるために、煉獄さんの服を脱がせて、その温もりを自分の肌で実感しようとしてしまうかも……。
自分の中に、人を愛する狂おしい部分がある事を感じて、私は胸が締め付けられる思いがした。