第56章 4月
ドクドクと
心臓の音が聞こえるんじゃないかってくらい
動揺している自分に動揺する。
無言のエレベーター内
たった数秒
だけど、永遠に感じた
だけど、数秒はあくまでも数秒であって
ピンポーン
黒尾さんの目的階に到着した音にハッとする。
「………お疲れ様です」
「お疲れ様。
…………仕事
あんまり、無理し過ぎんなよ?」
エレベーターを降りた後
少しだけ、心配そうに
そう、言われて。
「…………黒尾さんも」
エレベーターの扉が閉まりながら小さく漏れた私の声は、
黒尾さんに届いたのか。
それは、わからない。
扉が閉まるとまた
エレベーターは動き出して
今度はすぐに、私の目的階へ
震える足でなんとか降りて
思わず近くのベンチに座り込む。
…………私、懐かしいって思った
あれから一静さんは約束通り
私と会う時はあの香水をつけてきてくれた。
というより、仕事帰りに突然会う日も多かったから
ここ数ヶ月はもうずっとそればかりって言ってた。
ほぼ毎週
多い時は、週に数回
数日前にも会ったばかりだった。
なのに
速くなった心音は
なかなか元に戻ってくれなくて
スマホを取り出し、トーク画面を開いて
【お疲れ様です。
一静さん、今日会えませんか?】
これの香りは私にとって
決して特別な香りでは、ない。