第2章 姫さん、出陣する
「華音!初対面の男に口付けしたって本当か!?」
「違います」
タレ目を釣り上げて声を荒げる秀吉に対して、華音は極めて冷静であった。
そしてものすごく不服そうだ。
秀吉が必死に説教しているのにまるで聞き入れない。
信長はどこか既視感を覚えた。
「呼吸していなかった故に施した処置ですし、そもそも直接触れていません」
「だとしても!普通年頃の娘がやることじゃないだろ!」
「私は年頃の娘である前に一人の医者です。それと秀吉どの」
「何だ」
「私よりも隣の彼の方が貴方の言葉が心に刺さってますよ」
華音が手で指した先には、すぐ近くで行儀良く正座している青年。
名を支倉常長という。
元は政宗の家臣だが、伊達政宗と現在同盟関係になる信長のもとで政宗と共に鎬を削り、今回の戦に参戦した。
その常長は、普段の精悍な顔つきとは一転して、頰を赤く染めながら猛烈に反省していた。
「此度は本当に申し訳ありませんでした、華音様…!」
「いや別に」
若い常長はまだ色んな意味で経験が浅く、意識がなかったとはいえ美しい女から(間接的だが)口付けられて平気でいられなかった。
肝心の華音は全く気にしていない様子。
事実、現代で軍医をしていた時にいくらでもやったことなので何とも思っていなかった。
直接触れていたらまた変わったかもしれないが、公私混同はしない。
「私こそ申し訳ありませんでした。かなり荒療治だった」
「滅相もありません…!俺は貴女に命を救われました」
「…その救われた命で、貴方がまた自分ではない誰かの命を救うことを私は望んでいます。だから、礼は要らないんです」
華音の言葉には裏がなく、全て本心だった。
礼が要らないのも本当で、常長が今後活躍することを期待しているのも本当だった。
「というか、まだ経過観察の途中です。ほら、お二人は帰った帰った」
ぽい、と華音は信長と秀吉を部屋の外へ放り出した。
それを見た常長は、この後俺は切腹するかもしれないと戦慄した。