第6章 姫さん、謹慎中
「あの娘、全く反省しておらぬわ」
「…左様でありますね。御館様が予め言っておられなかったら、秀吉は怒鳴り散らしていたでしょう」
天主にて酒を嗜むのは、安土城城主である織田信長と、その左腕である明智光秀。
話題はもちろん、華音のことについて。
深夜に帰って来た上に、その場所は花街。
あまつさえ反省すらした様子はなかった。
なのに、信長は謹慎という全く厳しくもない処罰を下した。
怒るどころか、今も面白おかしそうに喉を鳴らしている。
「野生の獣か何かか?あの娘、この俺を本能で試しおった」
そう、今回華音は成り行きとはいえ、己の行動を使って信長を無意識に試したのだ。
まずは女郎屋の楼主を助けた時。
それ自体は単なる偶然だった。
肝心なのはその後で、華音の動向を追っていた監視役は、華音が花街へ向かうことを止めなかったのだ。
監視はあくまで監視であって護衛ではない。
行動が妨げられなかったことで、自分は泳がされているのだと華音は直感したのだ。
そして先程信長が質問した、花街からの帰り道のこと。
大人しく行った道を戻れば、ただ帰りが遅くなったで済むというのに、華音は森を突っ切って近道をした。
はたから見れば怪しい行動以外の何物でもない。
“織田ゆかりの姫という立場の自覚も無く、花街へ行き険しい森を通った”
処罰を受ける理由は充分だった。
社会的立場の弱い女ならば尚更だ。
ましてや相手はかの天下人の織田信長。
気に入らないの一言で殺されても文句は言えなかった。
しかし、華音はこれらを全て分かった上で行動していたのだ。
己が監視対象であることも。
下手な動きをすれば命が危ないことも。
それら全てを、持ち前の頭脳と本能で駆使して信長を試したのだ。
これから安土城に居候する身として、城主が信用に足る人物かどうかを。
そして、結果として華音の目論見は成功し、己の命は保証された。
何故なら、信長が華音を殺さない理由を、なけなしの善意と恩義と好奇心以外に作っていたからだ。