第8章 運命の歯車が動き出す
「美穂子」
「ん―……、白哉…?」
ぬくもりに包まれたまま、美穂子はゆっくりと意識を浮上させた。
寝着越しに感じるぬくもりは、ぼーっとした頭でも最愛の人のものだとわかる。
もぞもぞ…とすり寄ると、白哉の手がゆっくりと美穂子の髪を撫でた。
「おはよう」
「ん、おはよう。白哉」
美穂子は微笑を浮かべて答えると、少しだけ唇が触れ合った。
付き合いだしてから、敬語と白哉にさん付けを禁止したがようやく慣れたのか、寝起きでも美穂子は白哉の名前を呼べるようになった。
それが白哉を少し喜ばせているなど、美穂子は知らない。
「そろそろ起きないと、仕事に遅れる」
「ん…」
美穂子は白哉の言葉に、こくんと頷くと布団から起き上がった。
同時に白哉も起き上がり、服を着替えていく。
美穂子は乱れている寝着を直して、隣の自分の部屋へと移動する。
白哉と付き合うようになって、こうして白哉の部屋で一夜を過ごすことが多くなった。
二人とも大人なのだから当たり前なのだが、なんだか隣の部屋へ支度しに行くなど…まるで夫婦のような感じがして美穂子は少し嬉しかった。
もちろん、美穂子はこれ以上の関係を望んでいるわけじゃない。
こうして想いが通じたことだけでも奇跡なのだ。
この地にい続けられるのかもわからない自分が、夫婦のような関係になることはありえない。
ましてや、白哉は四大貴族。
貴族のルールは非常に複雑で、難しいことを美穂子は徐々に理解し始めていた。
(この時間を、私は楽しみたい)
―…これは一時期の幸せな夢。
だから、今だけは。
甘い時間を、確かに感じさせてほしい。
「美穂子、用意が出来たら共に食事を。」
「今、行くよ」
先に行く、と告げて遠退いていく白哉に追いつくため、美穂子は着物をさっさと着ると、軽く化粧をして部屋を飛び出した。