第6章 6
粘っこい情事から何時間か経ったころ。目を覚ました有羽はケロリとした顔で、ペットボトルの水をがぶ飲みしていた。
「ねえ、私がいなくなったら寂しい?」
有羽がそう言うと、イカはゆっくりと頭を上げた。
「どこかに行きたいなら、オレのことなんて構うな。自分の好きなことをしたらいい。オレは有羽が好きなことをして幸せならそれでいい」
「でもさ」
「なあ、有羽。10年後、20年後…50年後を考えてみろ。その時振り返ってみて、『あの時ああしておけばよかった』と後悔しない生き方をするんだ」
「そんなこと言われても、よくわかんない」
「そうか? オレはそうやって生きてるぞ。オレは有羽が好きだから、こうしてここにいる。海の底にとどまっていれば安全なものを、わざわざ人間に見つかる危険をおかしている。見つかったら殺されるかもな…。それでも後悔はない。お前に会えずに海の底にいる生活になんの意味もない」
「じゃあ、やっぱり私がいなくなったら寂しいんじゃん」
「かもな。だがお前をここに縛り付けたくはない。そもそも、ここでなきゃお前に会えないってこともないだろう。よくわからんが、日本は海に囲まれているし、地球の3分の2は海なんだ」
イカが立て板に水を流すように理屈を並べ立てるので、有羽は思わずクスクス笑いだした。そして冗談混じりに
「でもさ、私が他の人を好きになっちゃったら、もう君には会いたくないって言ったら、そしたら流石につらいんじゃないの?」
と言った。
が、すぐに、これは酷いことを言ってしまったかもしれないと思い直した。
口を抑えてバツの悪そうにイカを見たが、イカはどうということもなさそうで、いつも通り穏やかにこう言った。
「まあそれでも、オレの人生はオレ自身がどうにかするものであって、有羽にどうこうしてもらうものじゃあない。同じように、有羽の人生は有羽のためのものだろう」
人生?イカ生だなとつけ加えるのも忘れなかった。
夏の終わりのことだった。