第50章 止まらずに進むセグエンテ【渋谷事変】
強い衝撃音に、伏黒は音の発生源へ急いだ。その後ろから詞織がついて来る。
「メグ! 今の音、上から……」
「あぁ、そこだ」
落下した男を指さし、伏黒は眉を寄せた。
一歩後ろで、詞織が細く息を吐き出し、細身の短剣を構えるのを気配で感じる。
死体が綺麗すぎる。呪力による身体強化――にしても、地上四十一階からの落下で無傷なわけがない。
伏黒は男の接地の瞬間を見ていない。
つまり――……。
「起きろ、たぬきジジイ!」
犬の影絵を作りながら伏黒が呼びかけると、男がむくりと起き上がる。
「まったく、若者は年寄りを労わらんかい」
コキコキと首や肩を鳴らす男に、伏黒は詞織とゆっくり迫った。
「時間は掛けらんねぇぞ」
「分かってる。最初から全力でやる」
伏黒の影から【玉犬】が現れ、男に襲いかかる。伏黒も影から剣を抜き、詞織と共に斬りかかった。追撃するように、【玉犬】が男の頭を目掛けて鋭い爪を放つ。
「やれ!」
詞織に向けた呼びかけに返事はない。それでも、意図を汲み取ってくれたようで、少し下がったところで詞織が口を開いた。
「【響け! 不安も、悪夢も、恐怖も、何もかも掻き消すほどに! この心を撃ち抜く旋律――忘れないよ。君と誓った未来を嘘にしないから】!」
力強い旋律と共に放たれた光の弾丸が真っ直ぐ男を貫いていく。さらに光の弾丸の陰から伏黒の剣と【玉犬】の爪が男を斬りつけた。
「【霞立つ 春日の里の 梅の花 山のあらしに 散りこすな ゆめ】」
歌を和歌に切り替えて高く宙を舞った詞織が、上空から短剣を振り下ろす。けれど、伏黒や【玉犬】の攻撃も、詞織の攻撃も効いた様子はなく、男は顔色一つ変えずに首をコキッと鳴らした。
そして、男は身につけていた腹巻から彫刻刀のような短刀を出し、正面にいた詞織を斬りつける。