第8章 夏の華 ―ハイジside―
決して嘘じゃない。
だから…
「だから気にするな、って?そんな優先順位つけなきゃならないほど不器用じゃねーだろ、お前」
ユキの言うとおり。
確かに物理的なことは割と器用にこなせる方だ。
けれど、心まではそうはいかない。
あれもこれもと欲に身を任せれば、きっとどちらかが駄目になる。
最悪、どちらも駄目になる。
怖いんだよ…俺だって。
「そんなに器用じゃないさ。だから舞ちゃんを奪おうなんて思わないし、手を出すつもりもない」
「手なら出してたじゃねーか」
「え?」
「お前が倒れた日。舞のこと抱き締めて、チューしてただろ」
「チュー…、え、待て!俺が?」
「ああ。布団に引きずり込む勢いで」
「まさか!」
「嘘なんかつくかよ」
「どこに!?どこにキスしてた!?」
「ほっぺだけど」
頬…良かった…。いや、良くはないが、唇よりは…。
というか俺にそんなことされたのに、何もなかったかのように変わらず接してくれる舞ちゃん。
ほんと、なんていい子だよ…。
「つか、マジで寝惚けて舞にキスしたんか?ケモノだな」
「そう責められても仕方がないな。
あ。前ユキたちが変な雰囲気になったのって…もしかして俺が原因…?」
「まあ、ハッキリ言ってそうだ」
「すまん」
「謝罪が軽いわっ!」
いつものユキだ。
妙な気を使うわけでもなく、敵意をむき出しにしてくるわけでもなく。
「何で俺の気持ちなんか聞いた?釘でも刺すつもりだったか?」
「…ハイジが諦めねぇって言うなら、そのつもりだった。敵には回したくないタイプだけどな。色んな意味で」
「ユキにそんな風に思われてるなんて、光栄だ」
「からかってんじゃねーよ」
やや不機嫌そうに唇を突き出して、ユキは眼鏡を上げた。
「ユキくーん!ハイジくーん!どうしたのー?もう花火なくなっちゃうよ!」
「おう、今行く!」
ユキは舞ちゃんの元へ走っていく。
遠目には、これで最後と言わんばかりに惜しみなく咲く打ち上げ花火。
二人仲睦まじく火の華を見上げているその背中に向かって、密かに呟いた。
「好きだったよ。―――舞」
口にするのは、これが最初で最後。
君への想いは打ち上げ花火と共に、夏の夜空に消えていった。