第7章 夏の風 ―ユキside―
「舞」
「ん?」
「ろくにデートもできなくてごめんな」
「あのね。私、この合宿に来られたの、すっごく嬉しいんだよ」
「え?」
「ごはん作ったり洗濯したりしながら想像するの。みんなが、襷を繋いでいく姿」
ハイジが箱根駅伝を目指そうとか言い出した時には、とてもじゃないけど思い描くことはできなかった。
でも今は、日に日にそのイメージが強くなっていく。
舞の言うとおり、襷を繋いでいく俺たちを。
10の区間のうちのどこかを走る、自分自身の姿を。
月並みな言葉を使えば、夢で終わらせたくない。
「ユキくん。もう、謝ったりしないでね」
舞のこういうところが好きだ。
いや、こういうところに甘えていると言われればそれまでだが。
舞の存在が心の支えになっていることは、紛れもない事実。
そうだな。
"ごめん" じゃない。
舞に伝えたい言葉は…
「ありがとう、舞」
返事の代わりに穏やかな笑みが降ってくる。
舞の優しさに包まれながら、深く息を吸い込んだ。
「頑張るだけだな、俺は」
「私は信じるだけ。ユキくんのそばで応援できて、幸せだよ」
幸せなのは、俺の方だ。
好きな女がいつでもそこにいて、見守っていてくれる。
目を細めて笑う舞に、抱えていた胸のモヤモヤがスーッと溶けていく気がした。
「寝ないの?」
「舞の顔見ていたい」
「じゃあ、私もユキくんの顔見てる」
「どうぞ」
午後の練習が始まるまで、俺たちは特に実のないおしゃべりに時間を費やす。
ゆったりとした風の中、 舞との距離がまたひとつ近くなったような気がして心が満たされる。
午後から待っているのは、5000mを8本という過酷なメニュー。
ほぼフルマラソン。
マジで鬼か、ドSハイジめ…。
そんな地獄を控えていながら舞との時間でパワーチャージできるのだから、やはり俺は単純だ。
遠くから聞こえる声は、一人、また一人と増えていく。
休憩を終えたメンバーがリビングに集まってきたのだろう。
繋いだ手をギュッと握って、舞の膝から起き上がる。
よし、充電完了。
そろそろ走りに行きますか。