第4章 焦燥
「私、ハイジくんの様子がおかしいことに気づいてたの」
「え?」
「昨日店に来た時には顔色も悪くて…明らかに笑顔も無理してた。何でもっと…私…」
「舞のせいじゃないだろ。ハイジに負担かけてたのはここのみんなだ。後は俺たちに任せとけって」
「うん…」
ハイジくんの寝顔を見ていると、何もできなかった自分が不甲斐なくて泣きそうになる。
走ることができて、仲間ができて、嬉しかったんだよね。ハイジくん。
だからきっと、多少の無理くらい気力でどうにかなってたんだ。
先に悲鳴を上げてしてしまったのは体の方。
ハイジくんは、そのSOSにも気づけずにいた。
…違う。気づかないフリをしていたのかもしれない。
「ごめんね、ハイジくん…」
帰る前に小さくそう囁いて、腰を上げる。
「…舞ちゃん?」
掠れた声が布団の中から漏れた。
ハイジくんの目は、薄っすら開いている。
「ハイジくん…、さっきね、倒れたんだよ。過労だって。私、気づいてたのに…きっとお手伝いできることももっとあったはずなのに…ごめんね…」
「何で…舞ちゃんが謝るんだよ」
ゆっくり布団から伸びた手が、私の手首を掴む。
そのまま引き寄せられて…
ハイジくんの両腕にすっぽり包まれてしまった。
「そんな顔するな」
力が強くて身動きが取れない。
昼間一瞬ハグされた時のドキドキなんて比べものにならないくらい、胸が大きく鳴っている。
ちか…近い…。
ほっぺにハイジくんの唇が触れてる…!
待って待って、何かこんなの、だめ…!
「ハイ、ジくん、はなして…」
「ぐぅー…」
「……え?」
いつの間にか脱力していたハイジくんの腕。
起き上がって顔を覗いてみる。
寝てる……。
瞼を閉じ、またさっきと同じように深く大きく呼吸を繰り返している。
何事もなかったかのような無防備な寝顔。
「もう、気持ち良さそうに……」
端正なその顔に思わず悪態をつく。
ただ寝惚けていただけかな。
「!!」
―――ユキくん!!
慌てて振り向いた先に、彼の姿はなかった。
薄く開いたままの扉の向こう側からは、廊下の蛍光灯の光だけが、一筋射し込んでいた。