第269章 恵方巻
「恵方巻?なんだそりゃ?」
「何だ?知らないのか?
関西地方の節分の風習だよ
最近はメディアのおかげで全国的になってるのに…」
「へぇ…そんなのあるんだ」
俺が仲間から聞いた『恵方巻』…、その年の恵方と云われる縁起の良い方角を向き、太巻きを丸噛りするそうだ。
いつの間にかそんなもんが全国的になってるとは知らなかった。
コンビニに売ってるらしいから試してみるか…。
俺は初めて恵方巻を食べた。
「………」
無言で食べろって事だけど、一人暮らしの食事は普通無言だろ。
しかし太巻き一本を丸噛りするなんて、どんな奴が考えたんだ?なかなか食い切れねぇよ。
やっとの事で食べ終えてお茶を一口飲んだ。
「ふぅ…結構しんどいな」
「でも、美味しかったでしょ」
「うん、まあまぁ………って!誰だっ!?」
俺以外誰もいないはずの部屋に響き渡る会話。
声のした方を見ると、人形の様に小さな小さな小さな女の子がいた。
「アタシ、のり巻きの妖精よ」
「の、のり巻き…の…妖精?」
その妖精は小さな羽根を羽ばたかせ、俺の周りを飛び回った。
「ちょ、ちょっと待て!
夢だ、幻だ…、妖精なんている訳がない!」
俺は咄嗟に殺虫スプレーを手に取った。
「ちょ、ちょっと待って!
そんなの掛けないでっ!」
妖精に殺虫スプレーを向けてはみたが、さすがに掛けるのは踏み止まった。
「…で、のり巻き妖精が俺に何の用だ?」
しばらくして冷静になる事が出来た。
「毎年、誰か一人を幸せにするのがアタシの使命なのよ
で、今年は貴方の番なのよね」
「幸せ?俺の?」
妖精の指先が光り輝き、俺は視界を奪われた。
視界が戻った時には、妖精の姿はなかった。
「…やっぱり夢か幻だな
妖精なんて……」
俺は、窓を開け空を見上げた。
「幸せ…か…」
茜色した夕焼け空が眩しかった。
end