第12章 疑心暗鬼
男は今まで何の不自由もなく、平々凡々と生活をしていた。
子供の頃から聞き分けも良く、勉強もそれなりに出来た。
それなりの大学を卒業し、それなりの企業に就職し、端から見ても平凡なサラリーマンだ。
社内恋愛で結婚し、子供も出来た。
家庭でも良き夫であり、優しいパパだ。
仕事も順調で、それなりに出世もした。
子供も普通に成長し独立していった。
やがて、定年を向かえ会社を退職し、孫の顔を見るのが唯一の楽しみだった。
しかし、ある日そんな穏やかな心にも闇が忍び寄ってきた。
(平凡が一番と思って生きてきたけど、私は本当にこれで良かったのか?
子供の頃から大人の顔色を伺い、就職してからも上司にへつらい…。
家族のために自分の事は全て後回しにしてきた。
もちろん家族に不満はないが…。
しかし、やっと自分の時間が持てたのにやりたい事も、やる体力すらない…。
私は死ぬ時に、こんな人生が楽しかったと言えるのか?
今もいつも世間体を気にして、何かに追われているようで…
私はこのまま年を取るだけなのか?)
沸々と沸き上がる黒い感情が抑えられなかった。
やがて男の心は闇に支配され、闇から生まれた鬼が心を破壊した。
「あなた?あなたっ!」
ある日、男は妻が呼んでも反応しなくなった。
男は虚ろな眼差しで何処か遠くを見つめていた。
妻は病院に連れていき診断を受けた。
「重度の認知症ですね」
男の心は闇から戻ることはなかった。
end