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千分の一話噺

第785章 Fly Me to the…


ほの暗い中、4beatのJazzが流れる落ち着いた雰囲気のCafeで俺は人と待ち合わせをしていた。

『Fly Me to the Moon』

スタンダードジャズの名曲だ。
ゆっくりと流れる時間の中、仄かに珈琲の薫りが辺りを包む。

「まだ東京にもこんな店が残ってたのか…」
相手がこの店を指定してきた。

カラン♪カラン♪

ドアに付けられたベルが鳴る。
入ってきた男は俺のいるテーブルに真っ直ぐに来た。
「…玖路野《くろの》さんですね」
「ああ、そうだ…」
一応目印としてテーブル上にCAMEL《タバコ》の箱を置いていた。

男は今時珍しいくらいきっちりとスーツを着こなした、言わば英国紳士のような老人だ。
彼は俺の正面に座ると珈琲を頼んだ。
「…俺に何を?」
「…この店、良いでしょ?
今は店内禁煙ですが、昔は珈琲を飲みながら煙を燻《くゆ》らしたものです
こういった店がどんどん減っていって、寂しい限りです…」
彼は店内を見回し表情を曇らせた。

「ふん、時代の流れは止められない…」
最近のCafeにはこういう雰囲気は必要とされない。
「…だから貴方にお願いしたいんです
時の神様である貴方に…」
余り人間界で力を使いたくないのだが…な。
「…50年前に時を戻すのか?」
「いえ、私を50年前に送っていただけませんか?
あの時代で最後を迎えたいのです」
この男は覚悟が出来ているようだ。
「…己に時間がない事を分かっているのか」
「…はい、残された時間をあの時代で過ごせるのならもう思い残すことはありません」

俺にとっては月に連れていくより簡単なことだ。


end


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