第763章 伝統は命を懸けて…
ひな祭り。
私の田舎では毎年、地元の神社で桃の節句を祝う行事がある。
代々この神社の巫女を務めている家系の私にとっては欠かすことの出来ない重要なイベントだ。
巫女は古来より『汚れなき乙女』とされている。
とはいえ、現代社会でそれを求めるには無理がある。
でなければ、三十路の私がやる事じゃない。
昔は三人の巫女と五人のお囃子で行われていた。
私の家以外にも巫女の家系やお囃子の家系もたくさんあったらしい。
時代の流れでこの地を離れてしまい、うちだけとなってしまった。
今では私以外の巫女はバイトを雇っている。
しかし、一時的なバイトの巫女では舞は出来ない。
「そろそろ私も卒業したいんですけど…」
ここ数年、神主さんには代わりを探してくれと頼んでいるがなかなか見付からないらしい。
「このままでは、伝統もついえてしまう…」
うちの家族で女性は私と母だけだ。
二人の兄の子供も男ばかりで役に立たない。
新たな巫女の家を見つけないと私の代で終わることになる。
巫女の家は神に選ばれた家だけがなれるとされてきた。
その選抜方法は神主の家系しか知らされていない。
「そうですね…巫女の舞は受け継いでいきたいですね
今年、バイトを希望された方の中に『舞』をやりたいという人がいます
その人にお願いしてみましょう」
私も立ち会う事になった。
そのバイトの娘は地元の中学生で巫女の舞も動画で覚えてきていた。
「これなら大丈夫でしょうかね?
…これを食べて下さい」
神主さんはその娘に紫色の雛あられを食べさせてから帰した。
「あの雛あられはなんだったんですか?」
「あの雛あられは、『神あられ』というこの神社に伝わる猛毒なんですよ
巫女になれる人なら、あれを食べても死にません」
「毒!?」
「冗談ですよ」
神主さんは笑っていたが、私も昔あの紫色の雛あられを食べた事を思い出した。
end