第7章 トラ男とパン女の攻防戦
ローの目標はムギを惚れさせること……もとい、パンを食べられるようになることに変わった。
しかし、これがなかなか難しい。
パンを口に入れ、噛み、飲み込むだけならどうとでもなろう。
ならばそれが美味しいかと問われれば、答えは否。
どれだけ美味しいと評判のパン屋でも、やはり不味いものは不味い。
一度は無理やりにキスをした暴挙を反省したローではあったが、今となっては反省の欠片も残っていない。
数日前の反省を見事に忘れた原因は、やはりムギに好きな男がいなかった事実である。
誤解が解けてみれば実にアホらしい勘違いであったが、自分で思うよりもずっと、ムギが他の男を好きでいたことが効いていたらしい。
その反動なのか、ローには余裕がない。
今は好きな男がいなくても、いつ何時、ムギの心が動くとも知れず、一秒でも早く彼女を自分のものにしたかった。
隣り合わせに並んで電車を待っていると、おもむろにムギが鞄からパンを取り出した。
これはムギが気まずさを誤魔化すための手段だと知っているローは、内心舌打ちをする。
パンを食うくらいなら、俺と話せ……と。
「それ、なんのパンだ。」
「え? ああ、これは……あ。」
特に興味もないけれど、パンを食べる邪魔をしたくて尋ねれば、パンを齧りながらムギが「しまった」と言いたげな顔をした。
「どうした?」
「いえ、別に……。えっと、あんパンですよ。」
答えを聞いても、会話は長く続かない。
なぜなら、ローはパンが嫌いだから。
「……半分寄越せ。」
「なんでまた?」
「決まってんだろ。パンを食えるようになる練習だ。」
半ば自棄になってパンを奪おうとすると、慌てたムギが後ろ手に隠す。
「ダメですよ!」
「ケチるなよ、いいから寄越せ。」
「そうじゃなくて、その、……このパン、落としたやつだから。」
「……は?」
「これ、仕事中に落として買い取ったパンなんです!」
だからあげられないと説明するムギを見下ろし、こいつは馬鹿なのかと唖然とした。