第2章 夏恋[R18]
付き合って一年目の記念日。
サプライズをしようと仕事の休みを黙って
遠距離恋愛中の彼氏の元を訪れたのが運の尽きだった。
呼び鈴を鳴らして出て来たのは見知らぬ女。
その女が身につけていたのは彼氏の服。
何も告げずに元来た道を辿って
新幹線に飛び乗っていた。
頭を空っぽにしたくて
流れる景色をただひたすら眺めたけれど
胸の苦しさが邪魔をして涙が頬を伝う。
それを拭うと更に溢れて来そうで
知らないふりをした。
隣に誰かが座った気がしたけど背を向けているし
見ず知らずの他人が泣いていたところで
気まずくなって何処かに行くだろうと放っておいた。
目的地に着く頃には涙も引いて
隣の人も何処かで降りたようで姿はない。
そのまま家に帰る気にもなれず
どうせ明日は休みなのだからと
適当なバーに足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へ」
バーカウンターだけの小さなお店で客も少ない。
兎に角このどうしようもない胸の苦しさを
紛らわせるなら何でもよかった。
普段あまり飲まない強めのお酒を頼んで
酔いが回るのも構わずに飲み続けて
彼氏が嫌がるからと止めていた煙草も
バーテンダーに買って来てもらった。
久しぶりに吸うからなのか
酔いが回っているからなのか。
頭がくらくらして
座っているのに平衡感覚を失ってしまいそう。
「っぶね」
「?」
「椅子から落ちそうになるなんて器用だな」
いつの間にか隣に人がいて
私はその人の腕に支えられていて
顔を見上げればとても見覚えのある顔だった。
「ひーろー、しょーと…?」
「俺のこと知ってんのか?」
「まぁ…有名人だし…」
本当に本人だと思わず驚きから少し酔いが覚めた。
最近プロになったばかりのヒーローだ。
あの雄英高校の卒業生で
高校時代から何かと注目を集めていて
プロになってからはすぐ様有名人となった。
デクや爆心地と並んで未来のトップヒーローと言われている。
そんな人物を知らない方が珍しいんじゃないかと思うけど。
「そうか。取り敢えず、大丈夫か?」
「あ、ごめんなさい…」
未だに支えられたままだった事に気付く。
さっきよりはマシになった平衡感覚に自力で椅子に座り
その腕から離れたことに名残惜しさを感じている自分がいた。