第3章 夏幻[R18]
「何で、こっち向いてくれねぇんだ」
腕を掴む左手の熱が
伝染したのか
目頭が熱い。
久しぶりに全力疾走なんてしたから
胸の苦しさがなかなか消えてくれない。
「…」
最後に名前を呼ばれたのは一体いつだった?
もう思い出せもしない。
それだけ離れていたにも関わらず
幼馴染は事も無げに
近づいて、声を掛けて
あの頃から何も変わってないみたいに。
「…離、して」
本当は言葉を交わしたくなんてない
何かが溢れてしまいそうで
抑えられなくなってしまいそうだから。
「…ッチ」
舌打ちをされた。
捕まった腕を引っ張られて
抵抗しようにも力の差は歴然で
赤子のように連れられるまま
人気の少ない通路に辿り着くと
掴んだ腕を壁に縫い付けられ
強制的に対面させられていた。
「泣くなよ」
泣く…?
そう思った時には
目元に唇が寄せられて
その唇はゆっくりと
下降してーー
(焦凍に、キスされてる)
1年越しに
あの日と同じ
心地よさを覚えて
自然と瞳を閉じていた。
触れるだけの口付けは
ゆっくりと
離れていた時間なんてなかったみたいに
ほんの数日だったけど
何度もした深い口付けを
求め合うままに
交わしていた。
ずっと忘れることの出来なかった熱が
身体を侵食していく。
抑えようとしていたことは
呆気なく崩れて
自分でもわからない何かが
溢れて成した形は
言葉としてではなく
行動を伴う衝動としてだった。
そこへ、着信を知らせる音が
鳴り響く。
絡め合う舌が解かれることはなくて
夢中になって続けていた。
けれど
鳴り止みそうにない着信に
それは終わりを告げて
互いの唾液で濡れた唇を繋ぐ銀糸が
名残惜しいと
物語っているようだった。
「すぐ終わらせる」
その言葉通りに
通話が切れるまではあっという間で
背を向けていた幼馴染が
こちらを向けば
再び寄せられた唇は軽く触れるだけ。
「この後、時間あるか?」
無言で頷いていた。
蘇った熱と溢れた衝動は
消えることなく身体の中に燻って
さっき逃げ出したことが
嘘のように
2人歩みを合わせて
その場を後にしていた。