第1章 File:0 献花
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薄暗い空間に、人ひとり分の足音が響く。
それがすぐ近くで止まった時、革製のソファに腰掛けていた女は顔を上げた。
「──貴方が、“RUM”?」
ラム。それは、何の呼称なのか。
この組織のことを知る人間ならば、誰もが知っている名だ。
「…ご機嫌よう、ベルモット」
女──ベルモットは口元に笑みを飾った。
また一つ、力を手に入れることが出来たからだ。
この組織の人間の多くが知らない、“RUM”という人間の顔と声を知れた。それはとても大きな力となる。なぜなら、多くの人間が知らないことだから。
ベルモットは長い金髪を指先で後方に払うと、ソファから立ち上がった。
「嬉しいわ。ようやく会えて。…あの方にいくら頼んでも、頷いてくれなかったの」
ラム、と呼ばれた男は少しだけ微笑むと、ベルモットの長い髪を一房指先に絡め、緩々と唇を綻ばせた。
「…美しい人。僕と楽しいゲームを始めましょう」
ベルモットは笑った。そうして、目の前にいる“RUM”の姿を上から下まで眺めた。
その姿が本来の姿なのかは分からないが、こうして会うことが出来た。それだけで良しとしよう。
ベルモットは引き出しに入れていた物を取り出し、“RUM”に手渡した。
「言われた通りに用意したわ。準備は万端よ」
“RUM”は手渡された物を一瞥すると、満足そうに微笑んだ。
「流石ですね。では、参りましょうか」
──それは、ドイツ行きの航空券だった。