第1章 File:0 献花
「お願いがあるの、咲」
小さな灯が一つあるだけの、薄暗い部屋の中で。
その隅にあるベッドに横たわっている母が、急にそんなことを言い出した。
「どうしたの? お母さん」
母──白畑美和子はすっかり痩せてしまった顔に目一杯の笑みを咲かせると、ゆっくりと体を起こした。
「…あの人の、政通の…行方が分からなくなったの」
「……政通って。お父さんの行方が? どうして? どこで?」
政通とは、私の父親の名前だ。
本名は楠田政通。
警察関係の仕事をしているらしいが、私はよく知らない。
十年前に母と離婚をして以来、一度も会っていない。
「ええ、そうよ。詳しくは分からないけれど、何かに巻き込まれたんじゃないかって…昨日、あの人の部下だって言う人が来てくれたの」
そう言うと、母は咳き込んだ。
私は慌てて駆け寄り、側に置いてあったブランケットを細い肩に掛けた。
「…そう」
正直、私は父のことがあまり好きではない。
何か事情があるにせよ、仕事に関することを何も教えてくれなかった父は、私が小さい頃から多忙で。
学校行事には一度も参加したことがなければ、家で顔を合わせることも少なかった父親だ。
病で倒れて入院してしまった母を見舞いに来たこともない。
そんな父親を、好きにはなれなかった。
「……お願い、咲。私の代わりに、あの人を捜して。この手紙を渡して欲しいの」
母は泣き出しそうな顔でそう言うと、私の手に青い封筒を握らせた。
私は気が乗らなかったが、母があまりにも真剣な顔で言うものだから、つい頷いてしまった。