第6章 夢見心地のマドレーヌ
自宅の前にひとり取り残された杏奈は、なんとなく自分の頭を触ってみる。そこには少し乱れた髪があるだけで、普段となんら変わった点はない。
それなのに何故か、ムズムズと落ち着かなくて。
杏奈はその感覚を振り払うように、頭を触っていた手を下ろすと、自宅の中へと入った。
「おー。おけーりー。」
自宅に入った杏奈に、そう声をかけたのは、彼女の兄だ。
丁度リビングに向かっていたところ、妹が帰ってきたことに気付いて、兄はその場に立ち止まる。
ただいまーと、杏奈は靴を脱ぎながら、声をかけてきた兄に返した。
脱いだ靴を揃えて仕舞っていると、そう言えば…と兄は杏奈の背中に話しかける。
「さっきの、家まで送ってくれてたの、カレシ?」
先程まで二階の部屋にいた兄は、自宅の前で杏奈を送り届けた松田の姿を、偶然目撃していたのだ。
バイトが終わって、遅くに帰ってきた妹が、見ず知らずの男ーーしかもスーツにサングラスーーと一緒にいるのを見て、変質者に絡まれているのではと、声をかけようともした。けれど、二人から感じる雰囲気が、親しげだったために、見るだけ留めていたのである。
兄の言葉に振り返った杏奈は、ふるふると首を横に振った。
「お店の常連さんで、一応現役の警察官。」
危ないからって送ってくれただけだと説明する杏奈に、兄はそうだったのかと納得して。ジッと杏奈の顔を見る。
ジッと顔を見つめられた杏奈は、なぁに?と首を傾げた。
「好きなの?」
同じくこてんと首をかしげる兄の言葉に、杏奈は数秒沈黙する。一瞬、言っている意味がわからなかったからだ。
しかし兄自身は、当然のことを聞いていると思っている。
彼は二階の窓から、杏奈と松田のやり取りの一部始終を見ていた。妹の頭を撫でる松田と、彼に撫でられた頭を触る杏奈の姿を。
違うのか?と反対側にこてんと首をかしげる兄に、杏奈は短く溜息をつく。
「なんでそー思ったのかわからないけど、それも違いますー。」
ブッブーと唇を尖らせる杏奈に、へーそっかーと、兄は言う。ふーん…と何か思うところがあるのか、意味ありげに杏奈を見ていて。