第2章 サルミアッキに魅せられて
手入れをされていない屋敷の床は、踏みしめるたびに沈む。音が鳴らないことだけが幸いだ。
玄関扉に遮られ父がどこへ向かったのか分からなくてなってしまった私は、しかし真っ直ぐに玄関から伸びる廊下を進む。まるで何かに引き寄せられるように、玄関ホールにある階段ではなく、この道を選んでいた。
この先に父がいるのか、わからない。
それなのに私の足はまるで何か確信があるように、淀みなく廊下を進む。
薄暗い廊下を壁だけを頼りに進むことしばらく、不意にぴちゃりぴちゃりと水音が私の鼓膜を譲った。
外の雨音かとも思ったが、よく耳を澄ましてみると、それは屋敷の中から聞こえるではないか。
おかしい。この屋敷は随分と前に伯爵夫人が亡くなってから使われていないはずだ。
思わず足を止めた私だが、今は私以外にもこの屋敷の中に人がいるではないか。この音の発信源は、父で間違いない。
私は止めた歩みを再開させる。壁伝いに廊下を進むと、徐々に水音が大きくなってきた。
この先に何かがある。私は期待と不安、そして少しの興奮にドクドクと心臓を脈打たせた。
そして、遂に私の目の前に扉が現れた。
まだ扉までは距離があるのか、薄ぼんやりと輪郭しかわからないが、この扉の向こうに父がいる。私はドクドクと暴れる心臓を落ち着かせるように、右手で心臓のあたりの衣服をギュッと掴み、扉に近づく。
扉の目の前にきて、その扉が僅かに開いていることに気付いた。
私はその扉に触れず、隙間から中の様子を伺う。父に気付かれてはいけないと、そう本能的に感じたからである。
そっと扉の中の様子を伺うと、意外なことに部屋の中は薄っすらと明るく照らされていた。どうやら燭台に火を灯しているようで、壁や天井を伝いオレンジ色の光がユラユラと踊っている。
オレンジ色の灯りに照らされた室内には、アンティーク調の家具や調度品見えた。どうやらここはリビングのようだ。そうなると、水音はキッチンの方からしているのだろう。
そこまで考えて、私は違和感に気付いた。
水音がする?どうして?だって此処には誰も住んでいない。電気が通っていないのなら、水道だって普通ならば止められている筈ではないか。
嫌な予感に、ドクンっと私の心臓が大きく脈打つ。
この先を見てはいけない。