第8章 月夜のティラミス
「松田さーん……自分で言ってて、恥ずかしくないんですかぁ……?」
眉尻を下げて可哀想なひとでも見るかのような表情で、松田をみる杏奈。思わず松田の足が飛び出してしまったのも、致し方ないだろう。
本日二度目のスネを襲う痛みに、杏奈は痛い~~と涙目になって、痛みを訴える向う脛をさする。自業自得である。
ホント、可愛げのねぇやつ。
普通こういった場合――自分の好意が相手に伝わってしまっていた場合――多少なりとも照れたり、恥じらいをもつものではないのかと、松田は思う。杏奈のような多感な時期ならば猶更。
しかし実際に杏奈が見せた反応と云えば、恥じらい焦るどころか、憐れむような視線と言葉を贈っただけ。
つくづく彼女は規格外である。杏奈を世間一般でいうところの"普通"の尺度で図ってはいけない。
すこし揶揄ってやろうと思っていたのに、完全に肩透かしを食らってしまった松田は、フンッと荒い鼻息を吐きだした。
そんな彼の様子を、杏奈は脛をさすりながら見上げる。
「そーゆー松田さんこそ…、どう思ってるんですかぁ?」
主語こそ口にしなかったが、彼女が自分のことをどう思っているのか尋ねていていることは、話の流れから理解することができる。
松田は今一度考えてみる。
自分は一体この目の前の少女――杏奈のことを、どう思っているのかを。
一言で云うならば、気に入っている。
すり寄るようなことはせず、余計なことも口にしない。
容姿や職業などの松田のステータスには目もくれず、ひとりの人間――"松田陣平"として接してくれているのも、好感が持てる。
先ほどのように、時にイラつくことも言われるが、想定外の返しがくることを、面白いとも感じていて。
杏奈は、松田が肩の力を抜いて、くだらないやり取りができる、貴重な存在だ。
異性として、恋愛感情を抱いているわけではないが、松田が杏奈のことを好いているのは、紛れもない事実である。
しかし、それを普通に伝えてしまうのも勿体ない。否、つまらない。
松田は自分を見上げる少女に、ちょいちょいと指を動かし招いた。
訝しげな表情を浮かべた杏奈は、警戒しつつも恐る恐る松田に顔を寄せる。
顔を寄せてきた彼女に、松田も顔を寄せた。