第10章 桜
「あ!この服色違いで、この色も可愛いですよ。」
「このブラウスは130までです!」
慌ただしい空気が店内に流れる。
淡いピンク色の壁紙。
無垢材で統一された什器や棚。
大きく窓が切り取られた店内は、晴れの今日は、きっと電気をつけていなくても、とても明るい。
今日はついにわたしのお店のオープン日。
植物を追加で注文した分も、ギリギリ朝一で届き、無事オープンできた。
日がかげる頃、ようやく客足が途切れた。
ウルイープカの頃からのお客様も、ありがたいことにたくさん来てくれた。
カランコロンと音を立ててドアが空いた。
いらっしゃいませ、と言いかけた時、「ママ!」と小さな女の子がかけてきてわたしに飛びついた。
「おつかれ。」と、日々人もあとから入ってくる。
わたしはその小さな女の子を抱き上げて笑う。
「さくら、来てくれたんだ。
日々人も。ありがとう。」
さくらは4歳になるわたしと日々人の娘。
あれから10年が経った。
わたしたちは、わたしがロシアに帰国の1年後に結婚し、しばらくしてからさくらを授かった。
臨月までウルイープカで働かせてもらい、出産後も時々ヘルプで立たせてもらっていたけど、一年前にディミトリーとマルクが、アメリカに行くために、ウルイープカを閉店するタイミングと、さくらが幼稚園に行くタイミングが重なったこともあり、自分のお店を持つことを考え始めた。
ウルイープカの跡地を、ディミトリーが大家さんに掛け合ってくれて、借りることが出来た。
お店の中は、すべて改装したけれど、ドアだけは、ウルイープカのものをそのまま使わせてもらった。
もちろんカランコロンとかわいい音も健在だ。
紆余曲折あったけれど、今日こうしてオープンできたことが、すごく嬉しい。
「あっ!もうこんな時間!openの看板外さなきゃ。」
「さくらも手伝う!」
「うん。じゃあドアについてる小さな看板外してね。」
「うん!」
ドアを開けた瞬間少し強く風が吹き、ふわりとピンクの花びらが舞い上がり、さくらが「わぁ!」と歓声をあげる。
店の入り口の少し横に植えられた一本の桜の木。
まだ若いが、こぼれそうなほど立派に花を咲かせている。
店を見上げると悩みに悩み抜いたお店の看板がかかっている。
『les fleur de cerisier』
フランス語で「桜」という意味だ。