第6章 スコット・ラング(MCU/AoU後 AM)
他人を扱き使うのは好きじゃないと再三断りを入れているのに、その度になって「貴方の為ならどんな事だろうが苦になりません」とバリトンボイスで頭を下げられるから泣く泣く諦めたのだ。スーツが張り裂けそうな程の豊満な筋肉を蓄えた男が俺に縋っている姿を運悪く目撃したスティーブから激しい追及を受けたのはまた別の話。
さて今回初めて連絡をしたわけだが、スリーコールもしない内に応答があったのには戦慄した。他の仕事はどうしたんだと疑問を抱く速さだった。とにかく”彼”のお陰でアイスクリームは無事に店から回収される事だろう。しかし、スコットは俺を煩わせたと思い込んで気を落としてしまっていた。
「自分勝手で悪かった。忙しいヒーローのせっかくの休日を無駄にしてるよな」
「俺が自分の意思でベンチに座っているんだ。君の気にすることじゃない」
「……ほんとか?」
「本当だとも。正直言うといま俺は喜びでいっぱいだ。キャプテンのファンが話しかけて来ることはしょっちゅうだが、俺のファンでもあるというのはなかなか無いからね」
そういって軽くウインクを投げると、スコットは「良かった」と呟いてようやく人好きのする笑顔を取り戻した。途端に華やぐ周囲に目を細める。急に目の前が明るくなったような錯覚に浸って、こちらまで釣られて笑みを噛んでしまいそうだ。彼のように無条件で他人を幸せにしてしまう人間を『人たらし』というのだろうな。この類の性質は時に厄介だが、往々にして心地良い。
「イチオシのヒーロー『モールド・レッド』の気を悪くさせたとあれば、キャシーに叱られるところだった。安心したよ」
「……驚いた、よくその名を知ってるな」
「パンフレットの欄外に載ってるんだ。クイズ形式でさ、展示の中に答えがありますってタイプの」
「黒歴史なんだけどなぁ」
スミソニアン博物館はどこまで俺の情報を収集しているのだろうか。レッドスカルによって便宜的に名付けられた俺の名まで網羅しているとは恐れ入る。しかもクイズ形式とは……随分と楽しんでいるようだ。「見る?」と言って手元に差し出されたシワだらけのパンフレットを無意識に受け取ってしまったものの、首を横に振ってスコットの手に戻す。内容がどうであれ己の後ろ暗い過去を振り返りたい者など早々居ないのだから。
終わり