第16章 【2019年版】Xmas③(MCU/蛛and医)
「少年、良い子だから静かに。店に迷惑は掛けたくない。君なら分かるな?」
そのまま人差し指を自分の口元に移動させて唇の隙間から細い息をほんの僅かだけ漏らせば、少年は一瞬間ぴしりと身を固めた後に頬を紅潮させて激しく首肯してみせた。やはり素直な子だ。
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結局のところは香ばしい匂いを漂わせる肉汁の魔力に抗いきれず、朝食をきっちり済ませた胃には過ぎたる具材のベーグルを注文してしまった。店に入るまでは確かにブラックコーヒーとベリーチョコレートのカップケーキ、クリームチーズのベーグルというシンプルな八つ時メニューを頭に浮かべていたというのに、実際に舌が回した言葉は肉々しい分厚いベーコンが挟まるボリューム感たっぷりな魔物だった。
ここだけの話、合金混じりの俺の身体は肉類との相性が頗る良い。タンパク質を豊富に含む肉は筋肉や骨を形成する上で欠かせない栄養素で、俺の失われた組織を人間的に修復するだけでなく、合金と筋肉を円滑に機能させる潤滑油としてその脂は使われる。大半の内部損傷は超人血清の力で瞬く間に治るし、それでも間に合わなければヴィブラニウムが侵食することで補うが、人間が本来の営みで得る恵みで潤沢に満たされた方が俺だって具合が良いのだ。
(それに現代の肉料理は美味しい)
闇雲に火を通せばいいような調理法しかない時期もあった大昔に比べて、個体から病気も貰わずに安全に美味しく食べられる幸福は何物にも変え難い。その発想があって香ばしい匂いに包まれてしまったなら食べずには居られないわけだ。
テイクアウト用の紙袋の中で愛しのベーコンベーグルとカップケーキがことことと揺れる。同じ袋に有っては菓子に肉の匂いが移らないか少し気掛かりだったけれど、店員が気を利かせてセパレートを入れてくれたから真っ直ぐ帰宅すれば杞憂で済むかもしれない。
本当はイートインスペースを利用してその場で食べてしまえば良い。しかしマンハッタンでの出来事を思うと人のひしめく中での飲食はやはり控えるべきだと涙を飲んで諦めた。
ガラス扉を押して入店時とはまた異なるメロディに送り出されながら北風が吹き荒ぶ通りへと出る。そして降雪を予感させるような十二月独特の寒さに身体が強張った時だった。
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