第16章 【2019年版】Xmas③(MCU/蛛and医)
ナターシャのメモによると目的の店は最近まで輸入品販売店が入っていたらしいのだが、同管理者によるリノベーションを経てカフェへと生まれ変わったばかりだそうだ。更には流行りに乗った新進気鋭店ながら輸入品を扱っていた前職の強みを活かし、各国各地の厳選された豆を安価で提供するとあって早々に高い評価を得ているとある。赤いアンダーラインまで引かれている様子から、この店には相当の価値が有るのだろう。
外観はとにかくシンプルなモノトーンで、プランツ植物や陶器の置物などは一切見当たらず簡単なメニューボードとオープンクローズのサインボードだけが表に出ている状態だった。カフェといえば連想されるテラス席はなく、窓は明り取りが嵌っているのみで中が全く窺えない。故にどれほどの客数を収容できるのか外から判断出来なかったが、それも重厚なアイアン調の扉を開けてカウベルと共に入店を済ませると良く分かった。
(広いな……!)
三店舗分はあろうかという広さで、奥からソファ席、テーブル席、カウンター席と色味を差別化している。内装は全体を通して落ち着いたダークカラーで統一されており、何処か英国を思わせる派手な壁紙や奇抜な絵画でアクセントを入れていた。途端に米国の地に立っているという実感が失われていくような世俗から切り離されたような、不思議な感覚に陥った。
価値観の違いという概念はあれど、良質なものを安価で頂ける喜びや内装の雰囲気を素晴らしいと感じる情緒とは世代の垣根を越えて共通すると言っていいだろう。客席を見渡せば老若男女が席をまばらに埋めている。俺の様にシングルで入店する者は少なく、テーブル席で新聞を広げている男性以外は友人や恋人、親子で連れ立っていた。
(少し肩身が狭いか……?)
しかし一人で佇む俺を嘲笑するほど客とて暇ではない。恋人を愛おしく見つめ、はしゃぐ子供達を心配そうに追うので、感覚モダリティを完璧に使用する事に必死なようだから。俺が祖国の英雄と共に戦う人間だなんて誰も気付きやしないだろう。そんなところも好感触だ。
(3)
それから無事に注文を終え、豆から挽かれたコーヒーと温めてもらったチョコレートスコーンを片手に席を縫って歩いた。ゆったり落ち着けるのはソファ席だが、誰しも考える事は同じなようでほぼ満席だ。恋人達に挟まれても構わないのなら、という一席もあるが流石に割って入るのは憚られた。
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