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物語にならない物語

第1章 風の噂


 元は学習塾だった跡の廃ビル。私は時々、そこへ来ていた。

 私の名は神月風音。極普通の高校生……と言いたいところだけど、そもそも極普通の高校生なんて、この世に存在するものだろうか?
 誰だって、オリジナリティを持っている。一卵性双生児だって完全に同じではないように。
 私の個性と言える点は、少々、耳がいいことだ。『風の噂』と私は呼んでいる。そう、『風の噂がちょっと耳に届きすぎる』。そんな感じ。
 例えば、私の住むこの街はちょっと変わっているらしいとか。
 かたつむりみたいな女子小学生に出会って迷子になるらしいとか。
 蟹の神様というのがうろついていて、まれに出会うことがあるらしいとか。
 ファイヤーシスターズと名乗る女子中学生達が、正義のために戦っているらしいとか。

 どれにも、誰にも出会ったことはないけど、私はそういう話を何故か、聞いてしまう。聞こえてしまう。その聞こえる噂は自分ではシャットアウトできない。
 元は学習塾だった跡の廃ビル。そこに行くと、そうした風の噂がピタリと止まる。シャットアウトできる。
 不思議だ。ご利益があるらしいという風の噂を聞いて、街外れにある北白蛇神社へお参りに行っても、効果がなかったのに。
 逆に、今、この神社には神様が存在しないから、ご利益はないらしいという噂を聞いて、しょんぼりと帰って来たのに。

 このビルに入ったのは偶然で、何かの風の吹き回しのように、ふらっと入ったら、ピタッと噂が聞こえなくなったので、本当にビックリした。
 というわけで、あまりにも噂が耳に届きすぎる時には、このビルで休むようにしていた。

 だから、私は聞かなかったのだ。
 この街に、最強の吸血鬼がやって来たことも、諸事情あって、彼女は力を失い、逆に人間から吸血鬼もどきになってしまった少年がいることも。
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