第2章 山姥切国広の場合
「いつかね、山姥切さんがそう言いだすんじゃないかって、思ってました。だけどまさか今日それを聞くことになると思わなくて、ちょっと動揺してます。勿論、旅立ちは許可します。だけど、だけど絶対に・・・帰って来てくれますか・・・?」
再び目に涙が盛り上がる。
零れ落ちてしまう瞬間、山姥切さんの腕が机越しに伸び、その指で私の涙を優しく拭ってくれた。
「・・・あぁ。必ず帰る」
その指先が温かくて、胸の内が満たされて行く。
山姥切さんの指はそのまま私の頭をそっと撫でる。
今まで彼にそんな事をされたことは一度も無かったので、驚き半分、とても嬉しかった。
「それで、いつ出発するの?」
「明朝」
「明日!?いくらなんでも急じゃないですか?」
「いや。俺の決心が鈍ってしまわない内に。あんたのその涙を見ていたら、心配で旅立ちが出来なくなってしまいそうだ」
思いがけない優しい言葉。
本当は思い切り泣きすがって、せめてもう少し傍に居て欲しい。
刀剣男士の修行は、行先も方法も皆バラバラで、場合によってはそのまま帰って来なくなってしまったり、どこかの戦で折れてしまう事だって十分にあり得る。
だけどここまで強い目をした山姥切さんを見るのが初めてだった。
・・・邪魔をしたくない。
きっとバレバレではあるけれど、今できる最高の作り笑いで山姥切さんに言葉を返す。
「大丈夫!さっきは泣いちゃったけど、もう泣かない。山姥切さんが心配で修行どころじゃなくなっちゃうでしょ?あと、お見送りはしないよ。朝起きれる自信ないし!」
それに・・・きっとまた泣いてしまうかもしれない。ずっと一緒だった初期刀の山姥切さんの旅立ちだもん。
その言葉を無理矢理飲み込む。
「代わりに、帰ってきたら、体験した事全部、聞かせてください」
「あぁ。あんたの頼みなら仕方がない」
「気を付けてね」
「あぁ・・・ありがとう」
布で隠れた口元が、微かにそう動いた。
山姥切さんは、この本丸に私が来てからいつも一緒に居てくれた。
それならせめて、彼がいつ帰って来ても良いように、この本丸を居心地よくして待って居よう。
「行ってらっしゃい!」
冷めた緑茶を一気に飲み干し、私は振り向かずに部屋を出た。
頬にあたる風が涙の後を冷やして行く。私はそれに構わずに、本丸の中の長い廊下を一人で歩き続けた。