第1章 視線の先
「あ、そーだ、再来週土曜日の9時頃なんすけど、ヘアセットお願いできないっスか?仕事じゃなくてプライベートなんスけど…」
絶賛大人気の黄瀬涼太からこんなお願いされたら断るヘアメイクはまずいない
だけどその日は私も絶対外せない予定がある
「すみません。その日知人の結婚式で、終日空かないんです…」
「マジっスか…」
「本当にごめんね。本当はお式にも出たいくらいのお呼ばれなんだけど、アメリカで仕事があって土曜日の朝帰国する予定で全然時間空けれなくって…だから出席は披露宴からなんだけどね、時間がギリギリなの…」
アメリカが長かった私が今日本で仕事できるのもアメリカでメイクブックを出して、それを日本に持ち込んでくれた出版社のおかげ。
だけど経験を積んで基礎を作ってくれた場所であるアメリカでの仕事も疎かにはできないし、私が売れる前から使ってくれてるアーティストの仕事だから絶対断れない。超強行スケジュールだけどメイクの仕事を貰えることが何よりも嬉しい。
「へー!みさきっちも結婚式なんスね!オレもなんスよ」
「もしよければ簡単にできるヘアセット教えるね。それでも難しければやってもらって」
今は役作りで少し髪が長めの黄瀬君。
セットなしで結婚式はちょっと行かれなさそうだけど、コツさえわかれば誰にでもできるセットを教えておくことにした
黄瀬君の彼女の美緒はあたしの友達。
だけど楽屋で名前を出すのはリスキーだから絶対出さない。
これはもう意識して徹底してる
「こんな感じで掻き上げて……サイドをちょっと筋っぽくしてしっかり目に固定すれば…ほら!いい感じじゃない?」
お仕事中で人目があるときはもちろん敬語を使うけど控室やお仕事が終わった後は敬語はヤメテって言われちゃってるから少し小声にして敬語は使ってない
「いい‼さすがっスね。ありがと」
人懐っこくにっこり笑ってくれる黄瀬君は日本では一番のクライアントさん。
「どういたしまして。お互い幸せ分けてもらおうね」
「そっスね‼」
アメリカと日本を行き来してたけど、23歳になるまでほぼアメリカにいた私はキセキの世代を知らなかったし、まさか黄瀬君と真太郎が友達だなんて思ってもいなかった。