第1章 視線の先
紅茶の方が時間がかかるらしく、テーブルの前で待つその女の斜め後ろまで来た時、コーヒーを乗せたトレーを持ったギャルソンが大きくバランスを崩した。
宙を舞うステンレスポットは、女を目掛けて落下し始めて、スローモーションみてぇに女がゆっくりと上を見上げた。
女が避けようともしねぇことに驚いたけどそれは一瞬で、突っ立ったままの女の腰を思い切り引っ張っると想像以上に軽くて、勢い余ってそのまま女ごと後ろに倒れ込んだ。
そして、その直後にポットはガシャガシャとデカイ音を立てて落下して、地面に流れたコーヒーからは湯気が立ち上った。
やべ…
引っ張りすぎた。
軽すぎて体のバランスが保てなかった。
俺が引っ張りすぎたせいで女の持ってたケーキは皿から落ちちまったけど、とりあえずこんな熱いものが女にかからなくてよかった。
一瞬白人かと思う程色白の女がやけどなんてすりゃ絶対ぇ痕が残っちまう。
「みさき?!大丈夫?!」
突然の出来事で静まり返ったガーデンにさつきのでかい声が響いて、一斉に全員が動き出した。
弾かれたように女が顔を上げて、なにか言い始めたところで火神が血相を変えて近寄ってきた。
「みさき!大丈夫か!?」
火神が女しか心配しない事に若干の苛立ちはあったものの、火神と女が知り合いだということに驚いた。
さつきの友達がなんで火神と知り合いなのかすげぇ不思議だったけど、即座に火神が女を俺から引き離して、それと同時に式場スタッフに取り囲まれてどっかに連れてかれた。
火神が俺にも手を貸してくれて立ち上がって、背中に付いた芝を払い落してると、俺のところにもスタッフが集まって来てタキシードが汚れた事を謝りながら別室に案内された。
係に案内される人気のない通路を歩きながら、さっきのことを思い返してた。
咄嗟のことで力が入っちまったのは確かだったけど、あんな軽いとは思わなかった。
あいつ、多分ネロより軽い。
引っ張るなら腕のが良かったかもしんねぇけど、ケーキを持ってたから腰を引っ張ったけど、あんな細ぇ腰の人間初めてだった。
俺は巨乳が好きだし、適度な肉付きのある女が好きで、あんな華奢な女と寝たことはねぇし体型だけなら全然好みじゃねぇのに、なぜか抱き寄せたときの感覚が腕にいつまでも残り続けてた。