第2章 焦がれつづけて【ゴッホ兄弟・★】
夜明けから間もない刻、屋敷へと帰ってきた。
「テオ、またあの場所へ行っていたの」
咎めるような視線を向ける、兄。
中庭で、ちょうど油絵を描いていたらしかった。
「何処だっていいだろう。兄さん………お休み」
「こらテオ………!」
(駄犬はもう寝ただろうな)
脳裏にちらつくのは、彼女の花のような微笑み。
………だけど。
中庭を歩いていると、人影を見止めた。
(イサラ………。)
彼女だった。彼女の傍らでは、子猫がみゃあみゃあと鳴いている。
「もう大丈夫よ、治ってよかったね」
唇の動きで、そう呟くのが分かった。
「………駄犬」
気づけば、彼女に声を掛けていた。
「テオ、こんな時間にどうしたの………?」
心配そうに微笑み、そっと子猫を抱き上げた。
「それはこちらの台詞だ。………お前こそ、その子猫はどうしたんだ」
「この子、迷い込んだみたいで………。
なんだかここへ来たばかりの私みたいで、放っておけなかったの」
彼女が猫の喉辺りをくすぐる。
すると、ごろごろと満足そうな声を上げて彼女の手に擦り寄った。
「ふふ………。可愛い」
ふと、彼女の手に目を向ける。
………ところどころ、血が滲んでいるのを見つけて。
「お前、その猫を置いて俺の部屋へ来い。手当してやる」
「え………? あぁ、これぐらい平気だよ」
「いいから来い」
血の滲んでいない、左手首を掴んで強引に引っぱっていった。