第2章 生い立ち
10歳前後で家庭を失った私は、ワークハウスへと収容された。
そこでの生活は酷いものだった。表向きは救貧の為の福祉施設だが、中で行われていたのは極悪非道の虐待行為だった。
児童に過酷な労働をさせ、ノルマを課し、達成できた者にのみ食事を与える。
外へ出ることは許されない。
何人もの子ども達が、環境に耐えられず息絶えるのを見てきた。
多額で売られた子どももいた。売られた先でどんな目に遭っていたのかはわからない。
私はそんな中で10年近くを過ごした。幸か不幸か、売りに出されることもなかった。
抵抗する気力がなかった為、文句も言わずにノルマを達成させてきた私を、そのまま置いておきたかったのだろう。
成人になった私は、目をつけられなくなり、放置されているのを利用して、この場から抜け出したいと強く思うようになった。
その頃から、夢に死神と悪魔が出てくるようになった。
真っ赤な死神と、真っ黒な悪魔。
赤と黒の対照的な色が入り混じって、私へと襲い掛かる。
いつもそこで目が覚めるのだが、その夢を見る度に、赤と黒の奥に見える、金色に輝く空間に手が届きそうになっていた。
私は願った。
あの金色の空間の先にあるのが、あの時から狂ってしまった私の人生をやり直す何かであれば良いのに、と。
あの日へ戻って、あの惨劇を食い止められたなら、他にはなにもいらない。
そう考えていた。
そしてついに、手が届いた。赤と黒をすり抜け、黄金の光が私を包んだ。
記憶が飛んでしまったのは、この後だった。
金色の空間を抜けて辿り着いたのが、あの路地裏だったのだ。
「で、そこにいた俺に発見された、と」
「はい、そうです」
「クロエちゃんの伯母さんを殺したのが、今起きている連続殺人の犯人である『ジャック・ザ・リッパー』ってことでOK?」
「その通りです」
「1870年代の、しかも後半に生まれたクロエちゃんが立派な大人のお姉さんになっているっていうのは」
「私は、1900年からここへ来ました」
「……だよな」
「はい」
ロナルドは眉をひそめ、考えているようだった。