第13章 誰が為に戦う
彼女はいつものように、笑っていた。
息を切らして顔面蒼白になっている飯田とは、似ても似つかないほど冷静に見える。
「向く…」
『行って、早く』
向は飯田の背をポンッと軽く叩いた。
追い風を背に受けるように、何か見えないものに引っ張られるように、飯田の身体は前方へと押し出された。
『大丈夫、みんな待ってるからさ』
さぁ、頑張って。
彼女は笑ってそう言って、首にかけていたゴーグルを装着し、飯田に背を向けた。
「……っあぁ、待っていてくれ!」
ゴゥン、という鈍い音を立てて、出入り口が封鎖される。
向の頭上まで迫っていた霧状の敵は、「…なんてことだ」と呟きながら、モヤを自分の身体へと戻していく。
「深晴ちゃん、無事だった!?」
『…うん。他のみんなは?先生はどこ』
「13号先生が…!どうしよう!早くリカバリーガールの所へ連れて行かないと!」
『泣かないで三奈。お茶子は状況説明できそう?』
「で、できるよ!えっと…今まだ相澤先生が下で戦ってて、飯田くんは、学校までこの緊急事態を伝えに行ってくれて、それで…!」
そっか。
と彼女は返事を返して、涙ぐんでいる芦戸の頭を撫でた。
「……応援を呼ばれる…ゲームオーバーだ」
『…!』
閉じていくワープゲートを眺め、向は芦戸の身体を引き離した。
そして、ドッと地面を蹴り、一瞬で姿を消した。
「「……えっ……?」」
麗日と、芦戸がお互いの顔を見合わせ、向を呼びながら階下を見やった。
彼女は既に、長く続いている階段の真ん中まで飛び降りて、躊躇うことなくまっすぐと広場へと向かっていく。
「ダメだよ、深晴ちゃん!」
「相澤先生に…って…あれ…先生、倒れてない…!?嘘でしょ!?」
深晴ちゃん、戻って!!
自分を呼ぶ麗日の声が、向かい風に混ざって聞こえてくる。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
もう向の頭に、クラスメートの声を聞く余裕は残っていない。
(……X03.Y95.急斜角42度.アクセル、アクセルアクセルアクセルアクセルアクセルアクセルアクセルアクセルアクセルアクセル)
頭の中で繰り返されるのは、個性を最大限使う為の座標と出力の計算のみ。