第88章 初仕事
私の過去なんて取るに足りない。
本当によく聞く話で、他愛ない。
みんな、みんな。
何があったと聞いてはくれるけど。
語ったところで面白みに欠けるから話さない。
聞いたところで反応に困るような話はしたくない。
それでも「現代」の言葉で、仰々しく話すなら。
父はある日。
コックピットから「個性」で社会のルールを犯した。
何とか情状酌量で不起訴にはなったものの、ヴィランと呼ばれ国を追われた。
一方、娘をヒーローにと推していた母はそんなヴィラン呼ばわりされている父を追うことはせず。
個性婚なんて絆が皆無の関係で結ばれていた二人は、呆気なくそれぞれの人生を歩み始めた。
私はその事実を9歳になるまで知ることがなかった。
久しぶりに父に会う為日本に向かい、そこで父から話を聞いた。
「ごめんな。俺はヴィランだから、おまえと暮らすことは出来ないんだ」
父がようやく見つけた勤め先から借りてきたというプライベートジェットに乗って、家族三人一緒に過ごしたある日。
父は寂しがる私を想ってのことだろう。
私に全部話してくれた。
数年前、父がどんな罪を犯すに至ったのか。
父母がなぜ離婚するに至ったのか。
いくつもの過去を述べた後、父は。
今日でおまえたちと縁を切る、と、未来の話を口にした。
直後。
瞬間的に発生した竜巻にプライベートジェットは巻き込まれ、翼を折られた。
機体の破片が一部母の額にぶつかり、母は意識を失って、コックピットに座る父と私はフロントガラスの向こうに佇むヴィランの姿を見た。
ガラスをぶち破り、半壊した機体に乗り込んでくるヴィランのありありとした殺意を受けて、父は私に視線を向けた。
「許せ…!」
そう、言って。
父はひどく申し訳なさそうに笑い、私の体を機体の外へと突き飛ばした。
私は高い高い空の上から落ちた。
顔から海面に落下しそうになって、首にかかる衝撃を少しでも身体の外に向けようと、ベクトル操作しようとしてーーー
演算を失敗した。
頭と首、胴体だけは無事だったものの、四肢に全ての衝撃を留めて、集めてしまった結果。
両手両足を粉々に砕いた。
高熱と激痛にうなされ、1週間後に意識が戻った時。
捜査は、既に打ち切りとなっていた。