第53章 そうじゃない関係
金曜日の午後。
職業体験へと出発した集合場所へ向かうJRに乗った。
帰宅する前に一度、帰ってきた生徒たちは出発地点を経由し、そこで待っている担任のチェックを受けることとなっている。
月曜から金曜までの計5日。
相澤と出会ってから今まで。
そんな短い期間でさえ、彼と離れたことはなかった。
通知を誰かに見られでもしたら一大事だからと、お互い連絡は最小限に、なんて決め事をしていたのは保須での騒ぎが起こる前まで。
暴動の様子がニュースで放映されるや否や、彼から連絡が来た。
嬉しかった。
次の日も、また次の日も。
何となく、もう約束事なんて二人ともどうでも良くなっているのが、疑問形で終わる文面と、夜に十分ほど時間を取っていた電話越しの声に現れていて。
光の届かない路地裏で。
帰る所がないと話した自分のことを知ったら、彼はどれほどの悲しみをその堅い表情に浮かべるのだろうと考えて。
胸が詰まった。
JRの窓越し、瞬く間に過ぎ去っていく景色。
ただ何も考えず眺めていただけなのに、隣に座る同級生に手を握られた。
窓に反射して見える、彼の横顔は。
とても緊張しているかのように強張って、俯いたまま。
うっすらと染まっている彼の頬は、桜色。
もう夏が来るというのに、そんな時期外れな喩えを思い浮かべて。
勝手に考えたくせに、あぁ、本当にマイペースだなぁなんて。
「…笑うなよ」
『ははは』
焦凍、困るよ。
そう彼に伝えると。
指が冷てぇから温めてる。
なんて言うので。
私が?と聞くと。
俺が、と答えた。
(……すごく熱いけど)
熱を帯びたままの左手で、彼は私の右手をしっかり掴んで離さない。
前の座席に座っていた二人の老夫婦が急に腕を伸ばして振り向いてきて、お若い二人にもどうぞ、なんてみかんを1つくれた。
私は遠慮しながら、ちゃっかり左手で受け取って。
彼に視線を送った。
「…片手じゃ剥けねぇから後で」
『私には両手があるんだけどな』
つれねぇな、と残念そうに呟く彼が、仕方なく私の右手を離した。
彼と一緒に、みかんを食べて。
「『甘い』」
同じ言葉に、顔を見合わせ。
彼がまた幸せそうに。
けれど少し寂しそうに、陰った笑みを浮かべる理由が。
この二人きりの長旅がもう終わりを迎えるからなのだと、私にはわかった。