第2章 月はまだ見えない
「はい、実は家族を亡くし家を無くし、宛もなくさまよった上に路銀も底を尽きました。そんな時、この学園の噂を聞き藁にすがる思いでお訪ねした次第です。どうか、私をここに置いては下さいませんでしょうか!雑用でも何でも致します!どうか!」
額を勢いよく畳に擦り付ける。体が震えるのを止めることはできなかった。学園長はしばらく思案した後でこう言った。
「…その出で立ちからして訳有りのご様子。良かろう!ここで働くことを許可する!」
はっとして顔を上げる。
「!!ありがとうございます!本当に…ありがとうございます!」
最後は言葉になっただろうか。涙が滲んで学園長の顔を見ることができなかった。
私は助けて頂いたこのご恩、決して忘れはしない。
呼びつけた小松田が彼女を連れて去るのを見送ると、少し冷めた茶を一口飲んで一人言のように学園長は呟いた。
「山田先生、土井先生」
天井裏から突如現れる二つの影。
「先生方、よろしくお願いしますよ。」
「学園長、こんなに簡単に学園に入れてしまってよろしいのですか?」
中年の男、山田が困惑の表情で問う。
「何かあったらそれはその時。そうならないように先生方にご協力頂きたいのですぞ。」
「何を呑気な…」
ただでさえ生徒に手がかかるのに、もう一人増えるなんて…と若い方の男、土井が呆れたような声を出す。
学園長は笑いながら茶をすすっている。
「まぁまぁ、気楽に。監視ではなく見守りで良いのです。では、頼みましたよ。」
「それで?ここで働くことになったんですかぁ?」
ぴんと張っていた緊張の糸が切れるような間の抜けた声に、思わずふふっと笑ってしまう。
小松田の柔らかい雰囲気は椿を安心させた。
「はい、学園長先生より食堂のおばちゃん見習いとして、ここで働く許可を頂きました。」
「それは良かったですねぇ。僕は小松田秀作です。学園の事務をしてます。よろしくね。」
「私は竹森椿です。よろしくお願いします。」
「ん?君って女の子みたいな名前なんだねぇ。」
変わってるねと口にする小松田が、何だか可愛らしく思えた。
「あ、ふふふ、ごめんなさい。私こんな格好してるけど女です。」
「…え、えええええぇ~~!!」
学園中に小松田の叫びが響き渡った。