第6章 涙
そこまで気にするようなことではないが、長次は少しの引っ掛かりを感じた。
だが何故そうなのか、椿が自分から話さない以上、詮索は賢い選択ではない。話さないのは、話したくないということなんだろう。
長次は定位置に座り読みかけの本を広げる。
椿は長次と背中合わせに座る。伝わる体温が少し高くて心地よい。
「どうしてかは聞かないの?」
「……話したくないなら聞かない。」
「そっか。ありがとう長次。……ごめんね。」
図書室に静寂が訪れる。椿の規則正しい呼吸、どうやら眠ってしまったらしい。長次はそのままの状態で本をめくった。
髪を撫でられるのが好き。
昔、母上がよく触ってくれた。
懐かしい香りがして、ふわふわしてとても気持ちがいい。
母上…隆光…もう会えない…
誰かが名前を呼んでいる気がした。
もう少し…このままで…
目を開けると知っている男の子の顔。
あれ?きり丸君だ。
私、何してたんだっけ?
横たわった体をゆっくりと起こす。ぼやっとしたまま自分の状況を整理すると、顔から火が出そうになる。
どういうわけか、長次の膝枕で爆睡してしまったらしい。ばっちり寝顔も見られてしまったに違いない。
必死になって長次に謝罪すると、頭をポンポンと触られた。大丈夫みたいですよと、きり丸君が言ってくれる。今度お詫びすると申し出ると、長次は待っていると言ってくれた。
その後、図書委員の皆が集まってきたところで退散させてもらうことにした。
椿が寝始めて間もなく、ずり落ちてきた体を支え自分の膝の上に寝かせた。
泣いていた。
知らない名前を呼んでいた。
その人物が椿を泣かせたのか?
椿の涙をすくった指先を見つめる。目に見える形ではもうないが、肌の感触、髪の柔らかさをこの手が覚えている。
待っている。
椿がいつか話してくれることを。
きっと彼女はその意味を履き違えただろう。
それでもいい。
自分は止まり木になろう。
彼女が疲れた時、傷付いた時、自分を必要とする時、その羽を休められるように。
一先ず、小平太にはしっかりと言い聞かせなければならない。