第5章 美しい女
兵太夫と伝七が椿の手を引きながら歩く様子を後ろから眺める。生徒たちに会う度に、彼女が徐々に笑顔になっていく様子が見てとれた。
椿は椿だ。母親ではない。過去の呪縛は関係ない。少なくとも、この忍術学園の中では彼女は自由になれるんだ。
いや、今は学園の中でしか生きられない、のか…
いつか全ての霧が晴れて、彼女が外へ飛び立てることを願わずにはいられない。
椿が振り返り、私を見て笑う。私の名を呼ぶ。
今はただそれだけでいい。
「仙蔵。あのね、何だか心が軽くなったみたい。こんな気持ちになったの、初めてかもしんない。」
「ああ。」
「母上に見えてしまう自分が嫌で、ずっとこうすることを避けてた。でもさっき鏡を見たら、母上だとは思わなかった。私、自分に母上を重ねて見てたんだね。仙蔵のお陰で気づけたんだと思う。」
「そうか、それは良かったな。」
「うん、ありがとう。」
彼女が自分で縛り付けていたものを解いた。私はきっかけを作っただけだ。だがその結果、こんなにも清々しい表情を見せるのだから私のしたことは間違ってなかったんだろう。
ただ、皆に愛想を振り撒く彼女に、ちょっとした嫉妬心からか少しからかってみたくなった。
不意に椿の手を引き寄せ、顎を捕らえて上を向かせる。
「…だが今日は、私のために美しくなったということを忘れるな。今のお前は他の誰にもくれてやらんからな。」
案の定、顔を赤くしながら抗議の声を上げる椿。からかいがいのあるやつだ。
それに今日は面白いものも見ることができた。彼女の姿を見て真っ赤な顔をして口をパクつかせる文次郎と、直視できずまともな会話にならない留三郎。実に愉快だ。