第33章 別つまで(SとA)
side.S
誰にでも愛想の好いヤツが、泣きもするし怒りもする。
他では見せないような笑い方をする。
言葉を抜きにしたって、オレが特別だと自惚れさせるんだ。
加減せずにシャツの裾を掴んできて。
肩に凭れかかってきて、遠慮がちな瞳でオレを見上げる。
そろそろだと見当を付けて、何があったのかを訊くことにした。
「雅紀、どうかした?何かあったんだろ」
「……関係無いじゃん」
起伏の無い声と共にやってくるのは粗雑なキスだ。
ぞんざいに触れられるのは好きじゃないが、ひとまず好きにさせる。
がち、と歯がぶつかる。唇でも切れたのか、うっすらと鉄の味。
情緒が無いと内心思いつつ、けれど体は反応するから便利なものだ。
一頻り貪りあった後に、吐く息はひどく熱っぽかった。
雅紀の目から零れ落ちる滴を、そっと指で拭う。
それが快感から来るものではないとよく知ってたから。
「はぁ……何で泣いてんだろ、オレ」
「そういうときもあるし、良いんじゃない」
不思議そうに瞬き、呟く声には未だ覇気が無い。
その様が不安でもある癖に、雅紀が再び凭れてくるのを心のどこかで喜んだ。
優越感に浸り、不謹慎ながらも幸福を噛みしめる。
狡いなぁと他人事のように思った。相応しくないな、とも。
そう考えると触れるのが躊躇われる。
思わず肩を抱いていた手を離すと、雅紀がびくっと身震いした。
それから数秒して、不意に顔を上げてオレを見つめてくる。
黒目がちな瞳に光は無く、どこまでも暗い。
やっぱり、愛おしいと思った。その、昏さが。
「重い?ねぇ、翔ちゃん?こういうオレじゃ、駄目?」
「全然重くないって。お前ひとりぐらい支えられるし」
「ホント?信じてるから。捨てたら、ね。分かってる?」
一度言葉を切り、死ぬからね、と耳元で囁かれる。
常套句になりつつある言葉だった。
それはとても甘美な響きで、自分でも口元が歪むのが分かった。
狡いし相応しくないんだろうな、と改めて考える。
ただ、オレは雅紀が好きで。愛していて。手放すなんて出来ない。
だからきっと、いつか罰せられる。
だけど、それでも。´´幸福´´に出来るのは、オレだ。
邪な願望を隠すように、雅紀を抱き寄せた。
絶対、嫌われたくないから。
もしそうなれば、独りで生きていたくないのだから。