第100章 夜も日も明けず
side.M
二人きりの部屋、きゅぽ、と蓋を外す音がした。
「またぁ……そんなに塗らなくたってさぁ」
それは、独り言の延長。モノローグのようなものだった。
言ったたすぐそばから、こちらを振り返った大野さんが口を尖らせる。
艶々で、血色の良いソレを悪いとは思わないけど。
でも、そこまで神経質になるのは、ちょっと理解の及ばないとこだ。
「ほっとけ。つーかお前、キスするときガッサガサって気になんねぇの」
「んー……流石に、切れてたら気にするかもだけど」
「だろぉ?なら、いいじゃん」
「けどさぁ、智とすんのは関係ないってか。それくらい、気持ち好いじゃん?」
言ってしまってから、自分の失態に気付く。
失態というか、失言かな。
じわじわと顔に熱が集まるような、感じ。
それから、リーダーから注がれる視線。
いや、確かに言った通りだけど。けど、それを言う、とか。
いくら何でも恥ずかしいじゃない。
気持ち好いから、かさつきはどうでもいいとか。
自然と零れ出た言葉たちに、オレがあなたに夢中だと思い知らされる。
あーもう、そんなニヤニヤすんなよ。
「んふふ………ふふふ、潤、キスしよ」
「はいはい。して差し上げますよ、望むように?」
「ん、そうして。熱くて、とろっとろになるヤツ、して」
少しの意地の悪さが見え隠れする、下がった眦。
誘うように弧を描く、柔らかそうな、実際に柔らかい唇。
伸ばされた手はどう見ても男で、パーツごとの不均衡さにクラリとする。
骨張った掌に触れ、腕を絡めとって引き寄せた。
あ、と大野さんは驚いてみせ、けれど上機嫌を隠しきれない表情を覗かせる。
「ふふ、つかまっちゃった」
冗談めかして笑う、その桃色の甘さを.
毒にも似たその味を、オレはとっくに知っている。