第95章 伝わらない、伝えられない、伝えない
side.N
聞くに堪えない音は鼓膜に張り付いた。
欲しかった快感に、脳が溶けていく。
いっそ前後不覚に陥りたい。
だのに、冴え冴えとした思考がそれを許さない。
彼の瞳に映る、乱れるワタシ。
けれど、欲に濡れた視線が欲しい、なんて。
本当、どうしようもないですよねぇ。
翔さんのソレを銜え込んだとこを、つうっとなぞられる。
意識せずにいられないのに、余計に感じちゃう。
多分きゅうっと締まったであろうナカ。
それを想像して、ひどく居た堪れなくなった。
「はしたない、なぁ……可愛くてイイけど。かーず?」
からかうように、勝気に目を眇めて笑う。
揶揄と裏腹、俺の名を呼ぶ声が酷く甘ったるい。
ぬかるみのようだ、と意識の端で思う。
抜け出せずに嵌まりきり、身動きが取れなくなるのだ。
身から出た錆だって分かってる。分かってますって。
好都合な玩具でも良い、とか嘘だけど。
後ろ暗さが、やましいトコを暴き立てるんだ。
何を純情ぶってんだって。
経験豊富を装って誘ったのは、俺なんだから。
渋っていた翔さんに跨って、精一杯それっぽく服を脱いで。
女のようなリスクは無いからさ、とか言ってみたりして。
それで漸く誘いに乗ってくれたんだ。
だから、どちらかといえば、彼は巻き込まれた側だ。
こんな自己嫌悪だって、皆みんな遅いんでしょう。
抱かれる悦びを、与えられる温もりを、知ってしまった。
随分と欲深になった体から、どう逃げるというんだろうか。
「もっと……ぁ!ア、いい、よぉ……しょおちゃ、ね」
溢れ出る欲望を言葉にして、腰を脚で引き寄せてねだる。
すると翔さんは一瞬だけ眉根を寄せ、それから眦を下げて笑みをつくった。
どうしてかアナタは、俺の媚びる仕草が好きじゃないよね。
普段はっきり甘えられないから、そう振る舞ってんだけどなぁ。
しょうもない、やってらんない。ヤッてますけど。
アナタ好みに仕立て上げられたかった。コイビトみたいに。
「翔ちゃん、んぅ、ホラ…おく、して」
浅ましく笑み、素直になってみせるのだ。
心の柔らかな部分をひた隠そう。誰が教えてやるものか。
快楽に弱い、いやらしいワタシを作り上げてあげる。
俺は、好き勝手して良い存在だって。
その内、あんたも深みに嵌まってしまえよ。
少しは胸が空く筈だから。なんて、ね?