第93章 tights
side.S
綺麗だから、と。つい口付けてしまった。
その男らしい脚が、筋肉質なそれが、魅力的なんだ。
「へんたい」
唇の端だけで、あなたが悪戯っぽく笑う。
揶揄とも取れる笑みに、心が躍るのは何故だろう。
好きだから、か。愛しいから、か。
狂おしく、喉から手が出るくらい、欲しているからか。
欲望だらけの恋心に、純然たる好意は残っているのかな。
コレの中身が、醜悪なものでないとイイのだけれど。
「……その変態に好きにさせてくれんの、にいさん」
混ぜっ返すように声をかければ、白々しく睨まれた。
あぁ、それ、好きだなぁ。
「ホント、ばか」
「あなたのことになると、ね」
「頭イイしょーくんが好きなんだけど?」
残念ながら、今はお応えしかねるね。
舌を出して微かに笑えば、思った通りに溜息を吐くあなた。
その吐息が熱っぽい、なんて。
一体全体、オレをどうするつもりなんだろう。
筋肉の凹凸を覆う、滑らかな質感。
量販店で買った安いワンピースと、ストッキング。
何をしてんだろって考えつつも、楽しくて仕方がなかった。
自嘲なんて飽きる程しているのだから、今更でしかない。
もう、全てが遅い。
足の甲にキスを落とし、ベッドに座る彼を見上げる。
その瞳からは、感情が今一つ読み取れない。
どことなく、昏くて。でも、確かに、オレを見ている。
だからこそ、オレはそれを好いていた。
何もかも知りたいと望む彼の、まだ自分が知らない部分。
微々たる悔しさもあり、それ以上の歓喜が沸き起こる。
「これからオレと、莫迦なことしようよ」
「はぁ……ま、いいや。いっぱい、楽しませてね?」
「仰せのままに、にいさん」
にっこりと微笑めば、その途端に蹴り倒される。
痣でも出来てそうだなぁ、と冷静に思う。
だが取るに足らぬことだから、されるがまま床に転がった。
女装した男にマウントを取られるって、何だかそれとなく屈辱的でもある。
胸に広がる苦々しい気分さえ、オレにとっては快感の元でしかない。
さぁ早く、あなたのものにして。
悦びと期待に震える腕を、そっと伸ばしたのだった。