第87章 頬を抓れば、すぐに分かる 弌
最初はビール、次にハイボールで今はワイン。
ウィスキーのロックまで用意して、ちょっとペースが早いかなとは思った。
それだけ緊張してるってことだから、しょうがないと言えばそうなる。
取り敢えず、まだ、いつも通りだ。
スパークリングワインの泡を何となく見つめ、知らず知らず嘆息する。
いつものように呑み始めたのは良いものを、どう切り出そうか迷っていた。
それでも、いつかは言わなきゃいけない。
それが、今夜なんだ。
意を決して口を開きかけ、カラカラに乾いてることに気付いた。
仕方なしにグラスを一気に呷り、目の前に座る智さんに視線を遣る。
うん、いつもと変わらずふわっとしてる。
せめて、泣かせないようにしなきゃ。
「智さん、あのさ……この前の返事、なんだけど」
「んー…あぁ、アレか」
「そう、それでさ、オレ、」
「今日はいいよ。俺、お前のこと振向かせようかなって」
はっきり言いきれないのを遮り、食い気味で告げられる。
オレはきっと間抜けな顔をしてて、それを見てか、クスっと智さんが笑った。
どこか晴れ晴れとしてるようにも見えて、思わず首をかしげてしまう。
「潤、何してほしい?あ、痛いことは聞けないからね」
あっけらかんと言い放つ智さんに、どうしたら良いか分からなくなって。
卓上のロックグラスを呑みほし、そういえば、なんて考えて。
高校のときのミスコンの女装が可愛かったなぁ、と前に見た写真を思い出して。
酔いが回っていたらしいオレは、折角なら見ておきたいと思ったのだ。
散々頭を悩ませてた癖に、傷付けたくないと考えた癖に。
どうやっても振回してしまうであろう提案に、思いきり乗ってしまったのだった。
いや、違うか。
智さんの優しさに、甘さに、オレは付け込んだんだ。
「……サトコちゃんになってほしいなぁ。可愛かった」
「お、おう………アイツの言った通りで、何かもう怖いな」