第69章 アジール
side.N
一晩だけ、そう言った。
涙を目に溜めて、縋りついた。みっともなく。
そうして手に入れた夜は、夢のようで。
想像よりも甘く、だからこそ現実の苦さが際立った。
アナタをずっと好きだったのは、ワタシだ。
大好きで大切で。尊敬してて、同時に慣れもあって。
軽口を叩いてきつくツッコミを入れても、笑ってくれた。
俺の陽だまりだった。そんな彼は、あのひとと付き合い始めた。
お似合いだね、とあのひとの弟分だったアイツは笑った。
どうしてアナタは祝えるの?そう、思ったんだ。
アイツはずっと慕ってて、それは恐らく恋というもので。
紛れも無いホンモノだった。本気だった筈だ。
アナタが傷付いていたことも、それ故に傷付けたことも知っていた。
俺とアイツはあまりにも違っていたけれど、ソコだけは同じだと思ってたのに。
何だか、独りになってしまったような気がした。
祝うことが出来ない俺は、とんでもない出来損ないのように思えた。
*****
暗くした部屋、騒がしいテレビ、転がる空き缶。
コントローラーを放り投げれば仰々しい音がした。
あ、壊れた。良いか、いいか。良くないけど。
画面の中の冒険も、酔いがみせる幻も、救いはしてくれないようだし。
掬い上げてはくれない。癒してもくれない。
俺が俺であることを、まざまざと思い知らされるだけだ。
独りは嫌だ、寂しい、助けて。そう言えるほど強くない。
どこまでも弱い臆病者でしかないから、助けを乞うなんて土台無理だ。
でも、優しく助けてくれるであろうひとを知ってる。
彼らが交際を報告したとき、こちらに視線を寄越したひと。
いつも眠そうにしているカレは、俺の気持ちを知っていたんだろう。
隣にいることが多いから、じゃれることもあるから。
それで、分かったのかもしれない。
だって、カレとは似たもの同士だ。親戚かってくらいに。
今、時間があるなら、電話しても良いですか。
二人きりのグループトーク、そう文字を打ち込んだ。
大丈夫、そっと深呼吸をする。これで、大丈夫になる。
このひとはきっと、俺を傷付けたりはしないから。
今だけだから、助けてほしいんですよ。ね、リーダー?