第44章 傘の下
side.N
雨が降り出していたらしい。
自分にとっては、降られたって感じだ。
傘は忘れてしまったし、雨宿りをするのも気乗りしない。
走るなんて以ての外だ、じゃあどうしよう。
もしかすると少し自棄になっていたのかもしれない。
濡れて歩けばいい、そう決めた。
前髪を伝って、頬を濡らす滴は冷たい。
泣いているように見えるかな、と薄く笑んだ。
必要があれば泣けるのに。上手く、泣くのに。
どうして、無性にしんどいと感じるときがあるんだろう。
お前は自分の為の嘘を吐かないだろ。
見てて、何か、さ。
そう言ったのは、同じ年の彼だ。正反対の、彼だ。
感傷的になっているのか、声音まで鮮明に蘇る。
そういう顔は見たくなかったなぁ、なんて。
他人事みたいに聞いていた。
「……これはゲームじゃない」
「…………誰も愛しちゃいない……」
君に届かないさ、とか。俺が口ずさむと嘘っぽい。
雨音に紛れるかと思ったのに。
歌ったフレーズは、きちんと耳に届く。
よれよれで動きやすい服も、濡れて重くなってしまった。
あぁ、そういえば。スマホも駄目になっちゃうか。
この状況だと、防水機能が云々の問題じゃないだろう。
今日は、可笑しいんだ。
重大なことが、やけに些末なことのように思える。
見上げた空は、どこまでも鈍色だ。
*****
急に影に覆われた、と思ったら傘が頭上にあった。
「おいっ!お前、何やってんの。風邪ひくだろ」
突然で驚くのと同時に、よく知った声に胸を撫で下ろす。
そうして、疑問が降って湧く。何で、いるの?
「………潤くん、何ですか」
「何ですか、じゃないって。こっちが聞きたいんだけど」
眉間に寄った皺、突っかかるような問い。
これは真面目なヤツだよねぇ。
心配性ですね、とか何とか言ってはぐらかすのは無理か。
それなら、もう。俺も、素直になっても良いかなぁ。
「ちょっとだけ、泣いてもいい?それで、慰めてよ」
「………分かった」
不思議そうにしつつも、すぐに頷いてくれたから。
その瞳が、優しかったから。
今すぐにでも、泣き出してしまいそうだった。