第6章 月より美酒より何よりも(薬師視点・謙信)
「ですが ひとつだけ…ただひとつ、ねがいが あります」
「え?」
「ゆめき。こよいは、わたくしと ともに いてくれますか?」
「っ……謙信様。今宵限りと言わず、いつでも、いつまでも」
気持ちをうまく伝えられないもどかしさに、涙がこぼれる。
そっと、なぐさめるように触れてきた手に身体の力を抜き、目の前にある謙信様の胸に頭を預けた。
まぶたを閉じれば聞こえてくる、常より早い鼓動の音。
「ああ、ひかりよ。そのようなことを いってしまえば、わたくしは にどと そなたを はなせなく なってしまう」
「謙信様が望むのであれば…かまいません」
背中に回された腕が、力強く私を抱きしめた。
珍しく余裕のない仕草に愛しさが込み上げ、なんとか少しだけ体勢を変えてから良い香りのする首もとへ、甘えるように顔をすりよせた。
「…謙信様」
私の心はいつだって、あなたのおそばに。
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季節は秋で、月見酒〜なお話。
いくら今が平和とはいえ、いつどうなるかわからない戦国の世。
謙信様も薬師さんも、お互い不安で心配を抱えています。
そして謙信様には、きっとべつの心配もある。
薬師さんが涙を見せて甘えられるのは、今のところ軍神の前のみだったり。