第8章 二人の昇進と二人の進歩
壮さんから電話があったあと、無性に部屋に帰りたくなった。
けれど部屋の予約を取っていて急に帰るわけにもいかず。
結局当初予定していた通り、有給が終わる一日前の夜に帰宅した。
「ただいま。」
私はそう言ってキャリーケースを玄関にいれる。
時刻は夜の8時。
裕が帰宅しているかは微妙な時間だった。
ところが私がリビングに足を踏み入れるとそこには裕の姿があった。
キッチンにある折り畳みの椅子に腰掛け、突っ伏していた。
私は裕を起こさないようそーっと冷蔵庫を開ける。
そこからミネラルウォーターを出してそっとキッチンから出ようとした。
けれど何かに引っ張られている感覚があり、私は振り返った。
「…おかえり、由架。」
そこには薄目を開けて私を見つめる裕。
私はそれに「ただいま」と笑顔で返した。
その時の裕は何処と無く寂しそうにしていた気がした。
「疲れてる?」
私がそう声をかけると、
「違う。」
といって突然私を抱き締めた。
「会いたかった…たった数日会わなかっただけなのにな。自分が情けない。」
彼はそう耳元で呟く。
裕にそう言われたことが嬉しくて私も無言で抱き締め返した。
その温もりは堪らなく暖かくて、気分が良かった。
私たちが付き合いはじめてからはとくにふれあうコミュニケーションはなくて。
心のどこかで寂しい気がしてた。
でもそれは嫌いだからとか好きじゃなくなったからとかそうゆう意味じゃなかったんだなと今ごろになって理解ができた。
多分他に理由があるんだろう。
だから私は彼が自分から一歩出てくれた喜びと共に、彼から触れてくれるのをまた待ってみたいと思った。