愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
「何の真似だ…。そこをどけ」
身の竦むような威圧感と、燃え盛る怒りを孕んだ視線が僕を突き刺す。
でも僕は怯むことなく、首を横に振った。
「どけと言っているのが分からないのか?」
潤の氷のように冷えた指が僕の顎にかかる。
「嫌だ、僕はここをどかない…」
「いいか、智。この女はお前の両親を殺めた共犯者なのだぞ?それでもお前はこの女を庇うと言うのか?慈悲など無用だ」
共犯者…
確かに、直接的に手を下したわけでもないが、あの男を止められなかったと言う意味では、澤も共犯者なのかもしれない。
でもだからと言って僕は澤を憎むことなんて、出来ない…
「ねぇ、澤?理由があるならちゃんと言って?でないと翔君も…潤様も、それにこの僕だって、この先ずっと苦しい思いを抱えて生きていかなくてはならなくなるんだよ?そんなの僕は耐えられないよ…」
もう二度と、あの時のような苦しみは味わいたくないんだ…
「智坊っちゃま…」
「お願いだ、澤…。ね?」
顎にかかった潤の手を振り払った僕は、澤の両肩を掴むと、軽くその小さく老いた身体を揺さぶった。
すると澤は意を決したかのように瞼を伏せ、
「終わらせたかったんです…」
ぽつり呟いた。
「終わらせたかった、って…。何を?」
「この忌々しい因縁を断ち切りたかったんです。私は坊っちゃま方がお産まれになるよりも以前から、旦那様のことをずっと見て参りました。坊っちゃま方がお産まれになってからもずっと…」
生涯の大半を松本家に尽くし、心血を注ぐこと、それこそが澤の誇りでもあり、宿命だと澤は言った。
「ですがある時思ったのです、このままではいけない、と…。旦那様は確かに御立派な方でした。でもそれは表向きの顔であって、実際はそうではなかった。血も涙もない、冷酷無比な方でした…」
澤だけが知る、あの男の素顔…
その顔を、僕は知っている。
「潤坊っちゃま、貴方様はそんな旦那様に良く似ておいでです」
その言葉が何を意味するのか、瞬時に悟った潤の顔から一瞬にして全ての色が消えた。