愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第8章 在邇求遠
潤side
俺は部屋に戻り肌に残ったあの男の精を拭うと、新しい寝衣に袖を通した。
机上の橙色の灯りが時折揺らめいて、それに呼応する影が其処此処で蠢く魔のように見えた。
‥‥‥。
揺れ動く影がそんな風に見えるなど馬鹿げた話だと、琥珀色の液体で満たされた瓶から注いだそれを、一気に呷る。
樽の中で熟成された香りを放つ液体は、喉を焼くような強烈な刺激を残しながら、身体の中に染み込んでいった。
大野智‥智はあの鍵をどうするだろうか。
物音ひとつしない漆喰の天井を仰ぎ、鍵を手にしたあの者の姿に思い巡らせる。
あの日何らかの魂胆を持ち、屋根裏部屋に囚われてからというもの、智はただの一度も逃げ出そうとする素振りを見せなかった。
尤もそれが叶うとも思わなかっただろうが、騒ぎ立てることもなく、俺に服従しているかのように見せかけ、慾を弄ばれ続けてることを受け入れていた。
だから俺は嗜虐を愉しみ‥淫欲で誑かそうとする愚か者が、たった一つだけ持っている心‥愛を奪ってやろうと思っていたのに‥。
愛を知らない拾われた子供だった智は、それを持ち合わせてはいなかった。
それを知った俺は、あの者がまるで昔の自分を写した鏡のようなもの‥そんな風に見えてしまったのかもしれない。
同じ様に親の愛情を微塵も感じずに育った俺が堕ちてしまわなかったのは、翔が居たからだろう。
無垢な瞳で紅葉のような手を伸ばしてきた翔のそれを握ってやれば、溢れんばかりの笑みをくれたから、幼かった俺は満たされないものを求めるように、柔らかな手を握り続けた。
親の愛情を感じられなかった俺は、翔が向けてくれる微笑みがそれに等しかった。
だが、同様にあの者には雅紀という存在がいた筈。
雅紀が一心に向けていた愛情を汲み取ることができなかったのか‥それとも、快楽を共にするのを愛だと信じ切っていたのか‥。
‥‥どちらにせよ、そんなことはもうどうでもよかった。
智の淫楽に染まることがあの者にとっての愛だというのなら、それを手に入れた俺は智を跪かせたも同然だ。
俺はついにあの男の全てを手の中に収めることができたのだ。
存分に‥愉しませてくれよ?