第72章 【真面目執事】×【 × × × 】
「お嬢様、改めてご結婚おめでとうございます。」
綺麗な衣装を着てお嬢様はふわりと笑う。
それは喜んでいるものではなくて。
悲しくて寂しそうに見えた。
「……ありがとう。なんか寂しいね。」
「環境が変わっても、俺はお嬢様の傍に居ますよ。」
お嬢様が結婚しても、俺の立場は変わらない。
その事を伝えるとお嬢様はまた笑った。
それは昔良く見ていた笑顔と似て見えた。
「今から私が何を言っても傍に居てくれる?
嫌ったり、避けたりしない?」
「はい。」
言葉1つで嫌いになれるのならどんなに良いか。
いつの間にか想ってしまったんだから、
もう手遅れだ。
本当は、今すぐにでも執事なんて辞めて、
お嬢様を奪ってしまいたいくらいなのに。
「俺がお嬢様を嫌いになることは絶対有り得ません。」
「……ありがとう」
そうしてお嬢様は、ゆっくり話し始めた。
「私、空が好きだったの。
……ううん、好き。」
お嬢様の言葉に息が詰まる。
信じられなくて、言葉が出てこない。
俺は執事で。お嬢様はお嬢様で。
こんな感情は俺だけが抱いてるんだと思っていた。
「……お嬢様。」
本当はすぐにでも触れてしまいたい。
けれどただの執事にそんなこと許されない。
「俺はお嬢様の執事です。」
「わかってる」
聞きたくないと言うようにお嬢様は耳を塞ぐ。
俺はただ言葉を続けた。
「…だから命令してください。
お嬢様の願いを聞かせてくれませんか。」
「最低だっていい。またあの日みたいに、
恋人同士の振りをして過ごしたい。」
前に1度だけ、
お嬢様と恋人同士のように過ごしたのを思い出す。
「命令……してもいいの?」
「はい。お嬢様が望むのならなんでも。」
お嬢様の表情は相変わらず寂しそうに見える。
俺が執事じゃなくて結婚相手なら、
曇りひとつ無い笑顔が見えたのだろうか。
「執事としてじゃなくて恋人として私を愛して。
前みたいに一日だけじゃなくて、ずっと。」
本当は、命令されなくても
それが許される関係になりたかった。
お嬢様の手を握ると、
結婚相手からの指輪が触れて、外してしまいたくなる。
「愛しています。お嬢様。」
キスをすると、お嬢様はただ受け入れた。
この関係がバレて執事ですらなくなるその日まで、
俺はお嬢様を――――